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Stolen Car 2

「……どうして、ここが」  あなたはコートのポケットからスマートフォンを取り出して掲げた。 「車のグローブボックスに、これを入れてあったんだ」  あなたはスマートフォンのGPS を頼りに、レンタカーで僕を追いかけてきたと言った。 「昨日、君が僕の車で江ノ島を走っている夢を見たよ」  僕の夢には出てこないのに、あなたは僕があなたの夢に出てきたという。 「僕は、大事な人に関してはときどき予知夢を見ることがあるんだ」  心臓が跳ね上がる。大事な人。そんな言葉、いままで一度も言われたことがなかったのに。 「君を追い詰めてしまったね。すまなかった」  すこし冷たい風に、身体がふるえる。あなたは僕を海から遮るように立って、僕の頬に張りついた髪を耳へかけてくれる。 「何も聞かないから、君は僕には興味がないんだと思っていた」  僕の頬を温かい手が包み込んだ。あなたはすこし困ったような顔で優しく微笑んでいる。 「妻と別れようと思うんだ」  海鳴りが急に近くなった。あなたは僕の両頬を手で包み込んでくれる。 「ほんとうに好きな人といっしょにいようと思うんだ」 「……子供は、どうするんですか」 「僕に子供はいないよ。僕たちは一度も、こういう話をしたことがなかったね」 「……ほかの恋人は、どうするんですか」 「恋人は君しかいないよ」  僕ひとりしか恋人がいないなんてとても思えない。次々と湧き上がる疑念に覆われる頭を、あなたは壊れものに触るように撫でてくれる。 「君は何もかもひとりで抱え込んでしまう人だから。僕はそんなに信じられない恋人だった?」 「僕しかいないなんてとても……信じられない」  喉に力が入りすぎて、声が掠れる。 「あなたみたいな素敵な人に」  あなたは口元を緩めると、僕の唇に唇を重ねた。弾力のある唇に挟まれて、僕はうっとりと熱い吐息を漏らす。 「君はずっと不安だったんだね。でも、もう不安にはさせないから」  僕の唇にやわらかく触れる距離で、あなたは僕に甘い笑みを浮かべる。 「これからもずっと、いっしょにいよう」  僕の背中に回されたあなたの腕の力が強くなる。  僕はずっとあなたが僕のものになるなんて信じられなかった。だからあなたの妻や子供を思い浮かべて、自分の心をずっと抑えつけてきた。存在しない恋人の姿まで妄想して、僕はこれ以上あなたを好きになってはいけないと思ってきたのだ。  でも、そんな物思いも今日で終わる。  僕はあなたと共に歩んでいく。  僕はあなたに車のキーを返した。あなたは僕の腰に手を回して、車へ戻ろうと僕を促した。  僕たちは砂浜を横切って防砂林まで歩いていった。何かに呼ばれたように振り返る。  薄暗い砂浜に、ふたつの足跡が並んで僕たちの足元へ伸びている。  もし僕がまた押し寄せる不安に呑み込まれそうになったら、今日のこの砂浜の足跡を思い出そう。僕は目の裏にふたつの足跡の映像を刻み込んで、そっと目を閉ざした。

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