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月夜の百合

 俺の言葉に 嶺子は直ぐに首を縦に振らなかった  不便をさせたのか、  気に入らない事が有ったのか、  そう一つ一つ聞いてきた  此の場所に不便も何も無い  有るのは弟に欲情し続ける畜生の俺だ  囁く声が 日毎強まる  堕としてしまえ  堕としてしまえ  堕としてしまえ  堕としてしまえ と  彼の前でわざとらしくるりに触れたりもした  なのに彼はただ 緩く睫毛を伏せて見せるだけだった  怒りも  泣きもせず  何も云わず 「申し訳御座いません」  平身低頭でそう繰り返す 「るりさんの師と成られるのは分かりましたが 此方に留まる事は 」 「先方がどうしてもるりを引き取りたいと  子供の手習いでは有りません 生活の全てを其れに費やしますので 師と成った以上は傍に居てやりたいのです」  先程から 言葉は違えど此の遣り取りの繰り返しだった 「    翠也も」  出された名前に肩が跳ねた 「翠也も随分 久山さんに懐いて居りますのに あの子の師には成って頂けないのかしら、」

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