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第39話

 ナイフを投げ捨てると立ち上がってアレックスに詰め寄る。 「おい?」 「なぜか、とても腹が立ちます。もう面倒だし、このまま死にますか?」  何がニコライの感情を刺激したのかは分からない。しかしその目は本気だった。  一歩、男が足を踏み出すと、陣の魔力が蠢いて触手のようにアレックスの体に纏わりついた。腕に、脚に絡んで動くに動けない。  怒りに満ちた緑の瞳がすぐ側まで近づくと、その手が首にかかる。喉を潰されそうな強い力で締められて、アレックスははくはくと口を開閉させる。  酸素を求めて肺が痛くなる。意識がぼんやりとして暗闇に引きずり込まれる感覚がした。  終わりだと覚悟する。  最期にグレイグの甘く濡れた黒い瞳が見たかったなと思った。  そのとき鉄の扉に何かがぶつかった音がした。ニコライの手が緩み、肺に酸素が送られる。咳き込む喉の痛みで目の端に涙が滲む。  もう一度、大きな音がすると今度は衝撃で扉が変形した。  三度目には扉が勢いよく吹き飛んでニコライの足元に転がった。  扉の向こう側にはグレイグと第一騎士団の騎士が数名立っていた。その中に近衛騎士団のマキシムもいて驚く。 「ニコライ、やっと見つけたぞ」 「遅かったのか、早かったのかは俺には分かりませんけどね」  そう言うと、ニコライは攻撃魔術を周囲に放つ。防御に徹する騎士の目の前で屋敷の壁が衝撃で崩れた。  アレックスの腕を掴むとそのまま外へ飛び出す。  呪術の陣から解放されたけれど、魔力の大半を吸い出された状態では大きな抵抗ができない。 「アレックス!」  グレイグが騎士たちの作った結界の中から叫ぶ。漆黒の瞳がアレックスを捕らえる。  何日ぶりにグレイグを見ただろうか。心が歓喜で打ち震えた。  けれど喉がつぶれて声が出ない。  ニコライに連れ出されて外の様子がようやく分かる。  第一騎士団の騎士数名が花の咲き誇る庭で複数の狼に襲われていた。 「俺の呪術の影響で、狼の気が立ってるところにきたんだから、こうなるのは仕方ないですよ」  乗り込んできた騎士はそれほど数が多くない。普通は騎士一人の救出に国が動くことはできない。独断で彼らは動いているのだ。 (なんて無茶をしたんだ)  騎士は国王の剣であり、盾である。王の許可なく動けば罰が下される。後に彼らに与えられる罰に胸が痛む。それでも助けに来てくれたことが嬉しいと感じてしまう己が浅ましい。 「本気でバークレイ隊長を助けにきたんですね」  ニコライは目をゆっくりと瞬かせると、屋敷から出てきたグレイグとマキシムを見る。 「アレックスを離しなさい」  マキシムは困ったように言う。敵対している相手に対してそんなに柔らかな態度でいいのかと疑問ではある。もともとマキシムは穏やかな性格である。それでもこの場に似つかわしくない。 「ニコライ!」  グレイグが憎しみを孕んだ瞳を騎士の制服を着たニコライへと向けた。腕を掴むニコライの手が微かに震えた気がした。 「さすがに、逃げ切れる自信はありませんよ」  呆れたように言うと、ニコライはアレックスから腕を離して、背中を突き飛ばした。  たたらを踏みながら、手を伸ばすグレイグに近付く。 「ですが、ただで返してあげません」  アレックスが振り返ると既に遅かった。  ニコライが向けた腕から蛇の形をした魔力が放たれ、アレックスの右肩に鋭い牙が噛みついた。  まるで時が止まったかのように感じた。蛇の牙から伝わる力が呪術であると認識するのと同時に、蛇は霧散して体内に潜り込もうとする。  その感覚が不快で全身に悪寒が走る。その瞬間、耳に着けていたピアスが砕け散った。  同時にニコライが絶叫を上げる。噛まれたアレックスではなく、ニコライが右肩を抑えて地面に膝をついた。

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