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第10話

「ドアノブ?」  特にこれといって特徴のないドア。鍵穴もなければ、頑丈そうにも見えない。しかし、先ほどから目にしてきたどの部屋のドアとも異なったデザインのものだった。シィタは率直に、この『アヴィス城』には不似合いなドアだと感じた。  しかもだ。この先に、気配は感じ取れない。いや、何も感じられなかった。  周りを見渡すと、ここ以外の部屋はなかった。そしてやはり、誰もいない。 「ノック、してみようか」  いつのまにか、ここには自分とドアだけしかなかった。どこへ通ずる部屋なのかはわからない。だが、この一人の状況を打破するためには他に道もなさそうだ。シィタはドアをノックしようと、しかし控えめに手の甲をかざした。  刹那。冷やりと、背筋が冷たくなった。  バッ、と素早く振り返ると、誰かがいた。周りが暗くてはっきりとはわからない。しかし、目の前に誰かがいるということだけはわかった。  シィタは声を掛けようと口を開こうとした。だが、その前に向こうが尋ねてくる。 「誰だ?」  シィタの周り全てが凍てつくような、低い声。だが、一度耳にすれば忘れられない玲瓏な美声でもあった。そこから判別するに、性別は男。それも、まだ若い。この城の者だろうか? 「誰だ、と聞いている」  もう一度尋ねられた。  同時に、凍えてしまいそうなほどの冷気がシィタの前方から漂ってくる。つまり、目の前の男の方からだ。それも、じわじわと滲むようにこちらに向かってきている。  前方の男がこちらに近づいてきているのだ。  ブルリと身体が震える。「ハァ……」と短く吐く息も、目に見えてわかるくらい白く表れた。尋常ではない冷気だ。これが男の、魔族の特殊な能力なのだろうか。シィタは身体を冷気から護るように、両腕で自身を抱え込む体勢をとった。おそらく、上級魔族だろう。それも、かなりの力を持った権力者だ。  音もなく、こちらに男が近づいてくる。そしてだんだんと、人型も見えるようになった。身長はリオよりも高いが、決して大柄ではない。もうかなり近くに来ているというのに、服装すら判別に難しいのは闇と同色の黒色を身に纏っていたからだった。 「貴様、口が無いのか?」  いつまで経っても応えないシィタに、業を煮やしたのだろうか? しかし、美しい声音からは不機嫌さは感じられない。まるで、シィタのことなど、どうでもいいかのような口ぶりだった。  シィタは、名を名乗ろうとした。だが、うまく声が出せない。震えて身体が言うことを聞いてくれないのだ。そしてそれが、相手の力に圧倒されているのだということに彼は気づけなかった。 「ぁっ……」 「まぁ、いい。名を聞いたところで、覚える気はないからな」  コツリ、と音がした。 「……っ……」  ビクンと肩が竦んでしまう。恐る恐る、顔を見上げてみれば。  恐ろしいほど美しい男が立っていた。

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