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路地裏の獣 12

 走っていると普段以上に心拍数が上がっているのが分かる。  もし、今繋がっている相手の気が変わって、啓介や他の組員の命が食われたらと思うと、気が気ではない。 「隣まできたぞ」 『後ろから回って、次にある路地の中央に立て』  相手も警戒しているのだろうか。  奇襲をかけられにくいよう、男から角ではなく路地の中ほどまで来いという指示をされる。  それに従って奥まった場所から目的地に向かうと、道の端に二人が倒れているのを見つけた。  一人は若い組員、もう一人は啓介だ。  犯人の手口は以前と同じで、出血を伴う傷は見られなかったことから、気を失っているのだと察する。  案じていた懸念の一つが晴れたことに、細谷は僅かながら安堵した。  ただ、依然として危険な状況は続いている。 「今、指示された場所に着いた。何処にいる」 『他の人間がいないか、周囲を確かめている。その場から動くな』  待機しろという指示を受けた細谷は、端末を耳から離すと集中して周囲の音を拾う。  ただ、研ぎ澄ませていた聴覚が捉えたのは歓楽街の賑やかしだけだ。  近くにいるなら足音を拾えるかと思っていたが、もしかしたら相手の認識と、自分が想定していた場所が違ったのかもしれない。  再び場所を問いただそうと、細谷が端末を持ち上げた時だった。 「ッ!」  背後に気配を感じた彼が振り返るよりも早く、喉元に鈍色の刃が突き付けられていた。 「『“御堂國光”をここに呼べ』」  スピーカーを当てた耳と、反対の耳から男の声が聞こえる。  油断していたつもりは無かったが、これだけ至近距離にいたのにも関わらず、周囲からは微塵も足音がしなかった。  人間というよりも狩りを行う獣を相手にしているような、そんな恐れが細谷をその場へと縛り付ける。 「分かった。今から御堂に連絡する」 「指示以外の事をすれば容赦はしない」  喉に刃を当てられたまま、細谷は御堂の番号を探して通話ボタンを押した。  コール音が響く。自分の心音がうるさいぐらいに跳ねている。  御堂が出ても、出なくても、どちらにしろ緊張が解けることはないだろう。 「まだか」 「今は呼び出し中だ。アイツは警戒心が強いから、勘付かれたら切られるぞ」  既に数回の呼び鈴が鳴り続けているが、御堂は出ない。  途中、何度か男に端末を奪われそうになったが、言い訳をつけて御堂が出るまで粘った。  そして、しばらく続いていたコール音が途絶え、通話音声に切り替わった。 『取るのが遅くなった。どうした、細谷』  ようやく繋がった電話から聞こえた御堂の声は、普段と変わらずだ。  ただ、細谷はすぐには返事をしなかった。 『細谷、聞こえるか』  叫び出したいのを堪えながら、震える吐息さえも押し殺し、細谷はそのまま沈黙を貫いた。  御堂にも、背後にいる男にも、今は表から入って来る不協和音しか聞こえていないだろう。  すると、痺れを切らした男の一声がその喧噪を裂いた。 「“御堂國光”は出ないつもりか」  唸るような声で発せられた台詞を待っていたかのように、細谷はたった今通話が繋がったふりをして口を開く。

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