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 少年が悔しさのあまり顔を上げられないでいると。 「セシル」  教師が少年に語りかける。 「主従の儀式がまだですよ。妖魔(ジン)と契約を結びなさい」 「……はい」  セシルはハッとした。  天上にあると言われるもう1つの世界から、妖魔(ジン)を召喚する――それが召喚の儀式。魔術師は妖魔を召喚し、自らのしもべとする。両者の間で契約が結ばれることで、主従関係が成立するのだ。  セシルは銀色の狼と目を合わせた。すると、狼は目を細め、そっぽを向いてしまう。それはまるでセシルを馬鹿にするような動作に見えた。 (こいつも、僕のことを馬鹿にするのか?)  セシルは苛立ちを覚えながら、呪文を唱え始める。 「≪神々に仕えし妖魔(ジン)よ・古き盟約に従い・血の契約を以て――≫ま、待て。どこに行く?」  セシルが唱える途中で、銀狼が興味がなさそうに体を背け、歩き出す。  くすくす笑いが四方から漏れる。 「セシル。呪文を」  教師の1人に厳しい声をかけられ、セシルは慌てて唱えた。 「≪神々に仕えし妖魔(ジン)よ・古き盟約に従い・血の契約を以て・我が命に従え≫」  光の輪が銀狼を取り巻いた。  が――  まるで見えない壁に阻まれたかのように、光が跳ね返され、消滅する。  セシルは愕然として、その光景を見やった。 (……弾かれた……?)  束の間の沈黙。  遅れて、大爆笑が起こった。 「すげえ! こんなの、見たことがねえよ!」 「最弱の『ビースト』にすらそっぽを向かれる! 『能無し』セシル!」 「きっと妖魔もあの子を主人にするのは嫌だったのね」 「そりゃそうだ! 誰だってお断りだろ!」  セシルは呆然として、その場に立ちすくむ。  困惑しているのは教師陣も同様で、 「学園長……長年、私は儀式に立ち会っていますが、契約が成立しないというのは初めて見ました」 「ふむ……困りましたね」 「あの妖魔と生徒はいかがいたしましょうか……」  教師たちが相談を交わすこと、数分。 「セシル・バルト。あなたの処遇は後ほど決めます。いったん下がりなさい」 「は……はい」  セシルは泣きたい気持ちだったが、ここで泣き出せば周囲を盛り上がらせるだけだ。  だから、表情を引き締めて、兄のエルムを見習って、クールな無表情を取り繕うことにした。それでも手の先が少しだけ震えてしまう。 (何で……。何でいつも僕だけこんな……)  目から熱いものがあふれ出そうとするのを必死で堪えながら、セシルは顔を上げた。  銀狼はというと、部屋の端で座っている。ガラスでできた壁から、青空をじっと眺めていた。その背中がセシルを拒絶しているようで、少年はより惨めに思った。  とぼとぼと学生たちに合流するが、誰とも目を合わせられない。  一団の中で見知った姿とすれちがい、セシルはハッとした。恐る恐る、少年の顔を見上げる。 「その……エルム兄さん……」 「俺に話しかけるな」  エルムは氷のような眼差しでセシルを射抜く。 「お前を弟と思ったことは、一度もない」  その言葉は何よりも深く、セシルの胸に突き刺さるのだった。

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