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 セシルは大きく息を吐き出して、心を落ち着けた。 「お前……あの【ダイアウルフ】なのか? なぜ人間になれる? というか、喋れたのか?」 「【ダイアウルフ】と呼ぶな」  かったるそうに髪をかきあげながら、青年は言う。 「じゃあ……お前は何なんだ?」 「そうだな。レヴィンとでも呼んでくれ」 「レヴィン……お前の名か?」 「おう」  に、と笑ってレヴィンが答える。  セシルは理解が追いつかず、頭が混乱していたが、相手が名乗ったからにはこちらも名乗らねば失礼にあたると思い直した。  立ち上がり、レヴィンと向かい合う。 「僕は……」  が、セシルが自分の名を告げる前に。  レヴィンが意地悪く唇を吊り上げた。 「知ってるさ。『能無し』セシル」 「なっ……?!」 「この前、ここで愚痴ってたじゃねえか。そんな風に周りから呼ばれてるって」 「それは、その……!」  レヴィンが言葉を理解できないと思いこんでいたから、つい愚痴ってしまったのだ。普通であればこんな屈辱的な話を自分からするはずがない。 (僕……こいつに、他に何を話した?)  記憶をさかのぼる。他に恥ずかしい話をしていないだろうか。  赤くなった少年を、レヴィンは楽しそうに見やっていた。 「他にもいろいろと言ってたぜ? 魔術が使えない落ちこぼれなこととか、1か月以内に俺と契約を結べなければ退学になっちまうこととかもな」 「う……」  セシルはますます赤くなった。独り言のつもりだったのに、全部聞かれていたというわけだ。  穴があったら入りたいとはこのことである。 「言葉がわかっていたのなら、初めから教えてくれればいいじゃないか……」 「あんたがどういう人間かわからなかったからな。観察させてもらったんだ」  セシルは顔を上げる。  視線が交わると、レヴィンはにっと笑った。 「で、あんた、俺と契約したいんだろ? 退学になったら困るんだろう」  セシルはぐっと言葉につまった。  自分の弱みを握られているかのようで、いい気持ちがしない。  だが、レヴィンが言ったことは事実だ。渋々と頷いた。 「……そうだ」 「いいぜ。あんたと契約してやるよ」  あっさりと言われたので、セシルは目を見開いた。 「い……いいのか?」 「ああ。ただし、条件がある」 「条件……?」  と、少年は眉を寄せる。契約を結ぶのに条件を出してくる妖魔(ジン)なんて聞いたことがない。 「妖魔が人間と契約を結ぶのは、神々が定めた盟約があるからだ。『魔術師には必ず、1体の妖魔を遣わし、その身を守らせる』という……」 「盟約ねえ……俺にはそんなもんは関係ねえな」  レヴィンはぞんざいな動作で手を振る。  セシルは言葉につまって、考えこむ。思案の結果、とりあえずその条件とやらを聞いてみようと思った。 「それで……その条件とは?」  レヴィンが笑みを深めて、セシルを見やる。それが何だか邪悪な類の笑みに見えて、セシルは体を固くさせた。 「俺と寝ろ」 「え……?」 「もっとわかりやすく言った方がよかったか? 俺とセックスをして、俺のものになれ。そしたら、契約を結んでやるよ」 「……は?」  セシルの思考は完全に停止した。 (こいつはいったい何を言っている……? 寝ろ? 俺のものになれ? それって……)  呆然とレヴィンの姿を見やる。  上半身は何もまとっていないせいで、露わになった肉体。自分の体とちがって、男らしく鍛えられた胸元。  ――生々しい想像が頭の中を横切り、セシルは一気に赤面した。  少年が黙りこんでしまったことをどのように受け取ったのか、レヴィンが近づいてくる。そして、我が物顔でセシルの腰に手を回した。 「それで退学を免れることができるなら……安いもんだろ?」  手に力をこめて、そのまま少年を抱きこもうとする。  だが、その直前で。  ぱん――!  乾いた音が響き渡る。  セシルが思い切り、男の頬をひっぱたいたのだ。 「この……! 人の足元を見て、不当な要求を通そうとするなんて……! お前は最低だっ!」  レヴィンが呆気にとられている隙に、セシルはその腕から逃げ出した。 「そんな条件、呑めるわけがないだろ! 僕はこの学園から追い出されたくはない! だけど、そのために自分の体を差しだすなんて、そんな浅はかな行いはできない」 「それをするくらいなら、退学になった方がマシ……ってことか?」 「ちがう! みくびるな!」  セシルはレヴィンに指を突きつけ、堂々と宣言した。 「お前の条件は呑めないけど、契約を諦めたわけじゃない! 僕は自分の力で、お前に僕のことを認めさせる!」  そして、勢いよく顔を背けると、『儀式の間』を後にした。

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