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 授業が終わって、夜となった。  セシルはいつものように勉強机で、明日の時間割を確認していた。 「明日から、『基礎戦闘魔術』の授業が再開される」  担当のフェルナンドが退職となってしまい、数日間、休講となっていたのだ。ようやく代わりの教師が見つかり、授業再開の運びとなった。  セシルは勉強机の椅子に座って、後ろを振り返った。ベッドの上には人間姿になったレヴィンが腰かけている。 「学生同士で戦闘訓練をする。お前も参加してくれるか?」 「ご主人様のご命令とあれば……と言いたいところだが」  と、レヴィンは渋い表情を浮かべる。 「戦闘訓練か……ちょっと難しいな」 「なぜだ? お前の力は戦闘に向かないのか?」 「そういうわけじゃない。魔法は人間が使う魔術とはちがう。世界を構成する力だ。だから、この通り」  レヴィンは片手を返す。その上に火が舞い上がった。続いて、水、風、土――。  セシルは目を見開いた。通常、妖魔(ジン)が使える属性は1つのみだ。だが、レヴィンはいともたやすく全属性を生み出して見せた。 「火、水、風、土――お望みとあらば、ケガの治療から天候の操作まで何でもできる」 「全属性使えるということか……最強じゃないか」 「と思うだろ? 実際はそうじゃない。俺の力は万能だが、使うにあたって制約がある。その最たるものは『人間を攻撃できない』ってことだな」 「え?」 「これでも一応、神だからな。俺は理由なく人間に干渉するような魔法を使うことができない」 「じゃあ、戦闘訓練のような場では……」 「力を発揮できないってことだ」 「そうだったのか……」  セシルは椅子の背もたれに両手を乗せ、その上にあごをくっつけた。 「ということは、理由があればその限りではないということか?」 「俺はあんたの身を守るという誓いを立てている。だから、あんたの命に危険が及んだ場合は、あんたを守るという範囲において力を使える。それでも人間を攻撃することはできないから、その場からあんたを逃がすか、防御を張るってことになるだろう。人間を攻撃できるのは、神として誅罰が必要であると判断した場合だけだ」 「それって具体的には?」 「背信行為。それも俺の目で直接見たもの限定だ。それが確認された場合、人間相手でも『天罰』という形で魔法を使用できる。神に誓った婚姻関係なんかはもちろん、人同士の間で結ばれた誓約でも、一方的に反故にした場合は神への背信行為となる。誓いは人の信仰の上で結ばれるものだからな」 「なるほど……」  と、セシルは頷いた。 「つまり……お前は悪人相手には最強だが、それ以外の場では力を出せない、と。そういうことか」 「そうだ」  レヴィンはそう言ってから、セシルの目をまっすぐに見る。 「けど、誓いは絶対だ。あんたの身が危ない時は全力で守らせてもらうからな。ご主人様」  真摯な表情に、セシルの胸がきゅんと鳴った。  ぽっぽっ、と全身が熱くなる。その熱の正体がわからず、セシルは焦った。  つい口を吐いて出るのは、刺々しい言葉だ。 「……ご主人様というのはやめてくれ」 「じゃあ、あの水竜のようにセシル様とでも呼ぼうか?」 「様もつけなくていい」 「わかったよ。セシル」  さらりと名前を呼ばれると。  セシルの心臓が鋭い痛みを持つ。今度は、ぎゅん! というほどの勢いで。  セシルはますます顔を赤くして、つれない言葉を吐き出す。 「あまり呼ばないでほしい」 「どうすりゃいいんだよ」  と、レヴィンは呆気にとられている。  これ以上、顔を見合わせているのが限界で、セシルは背中を向けた。 「ぼ……、僕は勉強する」  そして、今日の授業の復習よりも、よっぽど難解な問題に頭を抱える。

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