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多分生涯、その心は

※  光志(みつし)は出勤途中、奇妙なものを見かけた。と言うよりは、耳にした。  今しがた通り過ぎた背後で、「シズオ君知りませんか?」と、夜の街には不釣り合いなやけに甘ったるいふんわりとした声を聞いたからだった。  声はまるで平仮名だけを並べたようなもので、そのやわらかな雰囲気は媚びを売る声とは全く異なった。振り返ると、それは幼い子供が迷子にでもなって道行く人々に声をかけて歩く、そん風貌である。酔っ払いとゲロで成り立つようなこの場には、まるで似つかわしくない。  その人物が、そして何故か十年来の相棒の名を告げ、探している。その時点で既に、光志(みつし)には察しがついた。勿論嫌気も嫌悪感も沸いたが、なにより、どうしようもなかった。相棒は「あの日」から死人のようだし、その死人に抱かれても嬉しくはなかった。  いっそ固まってくれれば良いものを。いつまでも固まらない相棒に十年来想いを寄せ、やっと願っていた通り、固まる決意して現れたのであろうその迷子を光志《みつし》は迷うことなく拾った。シズオなら店にいる、ついて来い、迷子にはそれだけでよかった。 「ねえあんた。聞いてる話しじゃ、全然愛し愛し合ってとか、そんな風には思えなかったんだけど」  どうしても口をついてしまって、光志(みつし)は自分が発した言葉に胃痛がしていた。これまでも何度かはあった。たまたま相棒との関係に合致した性格の人間は一夜だけの後に似たような状況で店に現れることがあった。けれど、どれも相棒が望む形ではなく、その後一週間と続くことはなかった。  相棒の人との関係の持ち方は今に始まったことではなく難儀なものだった。性が絡む部分以外はどちらかと言うとドライで手をかけてやらねばならない程に生活能力も低い。料理はしない、食べることも適当、掃除も適当。着飾るタイプでもなく、放っておけば髪は伸び放題にもなる。  その印象と見た目で、相棒が現役でショーをしてた頃に出会い、惚れた。こんな街にいそうもない根暗な男が、随分と派手にSMのショーをしていて表情一つまともに変わらない。そんなものだからいやいや仕事でしているだけかと思ったが、本人は至って健康に、それを望んで喜んでもいた。  その所謂ギャップにはまる人間もいれば、そのギャップに辟易としていくものもいた。自分はその前者。けれど相棒の趣味には合わなかった。そうして十年来、一番近いながらけしてそれ以上は縮まらない、どうにもならない関係に落ち着いた。  だから、いっそ早い所誰か一人と固まって欲しかった。望むことも許されない関係が目の前にあれば、望まれないことを考えることもなくなるだろうと。  それで現れたのが、まさかこの、迷子の小学生にも思える人物とは思わなかった。聞いた話よりずっと〝幼い〟。体だけ大きな、まだまだ子供のようだった。  相棒から聞いた話と自分が知っている相棒のあれこれがこの人物と併せたものに変わる。それが頭の中に過る度、酷い胸やけのようなもので気分が悪くなった。  迷子は「多分聞いてるんだと思いますけど」と前置きをしてから、言った。「シズオくんはぜんぶ与えてくれたから」と。  それだけで察してしまう自分も嫌になった。ああそうかと、納得出来てしまったから。  この迷子は長いこと、持ち主に与えるだけのペットだったのだろうとわかる。相棒から聞いた恋人ととの話も、確かに恋人がこの迷子に求めるものが大多数だったように思える。  その後も求められるものを与え続けたんだろう。  そして確かに相棒は与え続けてもいた。あの生活能力の低い相棒が、食事も風呂も手を貸していたのを知っている。大本を考えれば捨てられていたのを救い、拾い、家も寝床も、全て無償で与えている。それがなにも考えていない相棒の出した結果ではあるけれど、「ハッカが盛った」という話では、それも相棒は確かに、与えていた。  よくわからない所で利害は合致するものだ。与えてばかりで与えられたことが嬉しかった迷子と、求められるばかりで与えることがなかった相棒と。  店に入る前、光志(みつし)は扉を遮りハッカに見合った。ピンヒールをはいているとは言え見下ろすハッカの姿はやはりまだ若い。いつか心変わりしてまた自分が苦しむのも、もう御免なのだ。 「ねえあんた。本当にいいのね? シズオは変わらないわよ。もういい年なんだからここまで変わらないことは変わらないわよ。あんたが望んでるものと違った時やっぱりいいやなんて、やめて欲しいのよね。ここから先に入るなら、それは絶対だって言えるから来たのよね?」  迷子は一瞬目を丸くしたが、すぐに好奇心の詰まった表情に変わった。勘の鋭い所はペットの本領発揮だとしても、御免だった。 「ちゃんとシズオくんの家に帰るよ、大丈夫」  なんとも噛み合わない。けれどそういう意味では噛み合っているのがなんだか腹立たしい。  こんなふわふわした生き物に相棒の気持ちを占められるとは思わなかった。悔しい反面、よく似ている。仕方ないと思う自分にも腹が立つし、やはり相棒は地獄へ落ちるべきだと思った。  光志(みつし)は店の扉を開けるのと同時に大きく息を吸い込み、ピンヒールを鳴らしてうるさい光の中へ踏み込んだ。 (アブノーマルからの目・了) (続・ハッカ視点)

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