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第3話 つがいを持て

■ 「は……? つがいを持て?」 高斗はパソコンを打つ手を止めないまま顔だけを上げ、父に言われた言葉をそのまま繰り返した。 総務省の大臣である現職国会議員の父は、地元の人間には柔和な人間として知られて人気を集めているが、家族に見せる顔はいつも厳格で冷ややかだ。 幼少の頃から、家にはほぼ帰らず、たまに家で夕食を取っても、一言も話もしない。 そういう父親だった。 そんな彼が、珍しく仕事以外のことで高斗に話しかけてきたと思ったら、いきなり「つがいを持て」と言ったのだから驚いた。 「現総理はつがい奨励法を強く推進してる。とうとう聞かれたよ。おたくの倅はαなのにまだつがいを持っていないのかとな」 「はぁ……」 つがい奨励法は、現総理が最も力を入れている法案で、公約にも掲示されている。 バース法案は、Ωの発情は薬で抑制することが義務付けられており、飲まなかったことによって強姦事件が生じても、強姦されたΩが加害者になるという無茶苦茶な法律だ。 さすがに人権団体を通じて抗議の声が上がっており、二年前に追加法案が可決された。 不要なヒートを起こさせないためにも、αとΩのつがい関係を奨励する。〝つがい奨励法〟 Ωはαとのみつがい関係を結ぶことができ、つがいになったΩは他の人間に対して発情することはない。必然的に、性犯罪の被害に遭うことも減る。 そのため、この〝つがい〟という特殊な関係性を奨励するために、婚姻関係を結んでいるαまたはΩが、別途つがいを持つことも不貞行為に該当しないと定められた。 この法案のもう一つの狙いは、「この国におけるα人口を増やすこと」だ。 Ωは世界的に見て、とても人口が少ないが、割合からすると世界の中で日本はΩが多く、αは少ない方だ。 Ωが多いと治安が悪くなると言われ、敬遠されるし、αが多ければ多い程、優秀な人間が多い国とみなされる。 Ωは多産のため、優秀なαをたくさん産むし、将来的には少子化にも役立つという算段だった。 相変わらず、これらの法案にΩの人権など、1ミリも考慮されていない。 婚姻関係を結んでいるαまたはΩが、別途つがいを持つことが不貞に該当しないなど、どうかしているとしか思えない。 そんなことよりも、副作用の少ない抑制剤の開発に金を出すなり、保険を適用させて安価に手に入るようにするなりすればいい。 こんなバカげた法案の討論に向けて、連日徹夜をする羽目になっているのだと思うと、深い溜息が出る。 「結婚相手は、しかるべき家柄の令嬢かと思っていましたが」 「もちろん、結婚相手は世間に公表して遜色ない相手に決まってるだろう。それについては大体手配は住んでる。だが、子供を作るならΩが相手の方がいい。お前たち兄弟が良い例だ」 こともなげに言われた言葉に、高斗の瞳に憎悪が揺らいだ。 高斗には一つ年上の兄がいるが、彼とは母親が違っていた。 兄の母親は財閥の一人娘で、しかるべき家柄のαだが、その間に生まれた一人息子である兄はβだった。 特にこれと言ってずば抜けて秀でた才能もなく、政治にも全く興味はなく、野心もない。 それなりに名の知れた一般企業に就職し、順風満帆で、平凡な人生を歩んでいる。 一方高斗の母は、父が気まぐれに手を出した愛人のΩだった。 父は高斗の母とつがいになっておきながら、子供が出来たと分かるとすぐに捨ててしまった。 つがいを解消されたΩが、精神にダメージを与えられるかも考えずに。 病んだ母に高斗を育てる力はなく、ほとんどネグレクト状態の中でなんとか生き延びた。 10歳のバース検査でαだと判明すると、父は高斗を自分の元に呼び戻した。 それからは家庭教師を付けられて一日勉強漬けにされ、マナーやら教養やらを身に付けさせられた。 あげくに中学からはアメリカの学校に進学させられ、飛び級で院まで卒業し博士号を取得。 正直目が回る程忙しかった。 それでも、病んだ母の元で育ったときのことを思えば二度とあの場所には落ちるまいとがむしゃらに上を目指した。 母親は、高斗が高校生の時に衰弱死した。 そのあまりに悲惨で哀れな最期が今でも忘れられず、高斗は今でも父を恨んでいた。 その一方で、恐れてもいた。 この世界においては「持てる者」は「持たざる者」にどんな仕打ちをしても許されるのだと思い知ったからだ。 「とにかく、また総理から刺される前に、さっさとつがいを作っておけ。今後のお前のキャリアに差し支える。身寄りがなく、簡単に捨てられる者ならなんでもいい。どのΩを選んだところで大差はない。Ωは総じて金に汚い。黙っていれば金を定期的に渡すと言えば、生涯口封じになる」 「………」 果たしてそうだろうか。 Ωである母は毎日、父の名前を呼んで泣いていた。金をいくら積まれても、どれだけ飢えて高斗が泣いていてもほとんど手も付けずに残していた。 全く反吐が出る。 母の末路を想えば、つがいなど持ちたくない。これから〝しかるべき〟身分の女と結婚するなら猶更だ。 父ほどに冷酷に割り切れる自信がないというのもあるが、高斗はこれまでの人生で人を愛せたことがなかった。 恋人を作っても、定期的な性欲処理というのが目的で、相手を愛しいとか一緒にいたいだとかそういう温かい感情を覚えたことは一度もない。 そしてこれからも、どう愛せばいいのか分からない。 父のようになりたくないのに、父と同じ冷たい血が流れているのが疎ましかった。 生涯大事にして添い遂げなければ母のような末路を辿ってしまうのかと思うと、あまりにもつがいという関係は重すぎた。 「お前が見つけないなら、こちらで適当に用意をしておく。気に入らなかったら取り換えればいいのだからな」 「待ってください。つがいぐらい、自分で選びますよ」 どうしてもつがいを持たなければならなくなったときのために、高斗にはある考えがあった。 一般的に「つがいになる」には二つの意味がある。 一つは法的な書類手続き。互いのバース証明書と一緒に、つがいになった証を役所に提出する。 婚姻届と似たようなものだが、出していない人間の方が多い。 もう一つは肉体的なこと。 セックスをして、Ωの首筋にあるフェロモン腺をαが噛み切ることで成立する。 肉体的な「つがい」にならなければ、普通の恋人と大して変わらない。 つがいを解消したとしても、母親のように精神的に病んでしまうことはないだろう。 だがそれには、父の手の内にあるΩでは困る。父は必ず、次のαを生ませるために、つがい相手のΩを孕ませるように言うだろう。 Ωとセックスする気も、つがいになる気も、孕ませる気もない。 それならば自分で見つけて、自分で交渉するのが一番確実だろう。 父に用意されてしまう前に、早急に、手配しなければならない。つがいを持たないと、政界において今後のキャリアに差し支えるというのは本当だ。高斗は一日でも早く、上に行きたかった。 「一週間で決めろ」 「一週間……?」 「一週間後、総理と会食がある。その時までに決まらなかったら私が手配する」 「承知しました」 Ω自体が希少だというのに、一週間でちょうどいい相手と出会える訳がないだろう。だが、父はいかなる反論も認めない。そういう男だ。 偉そうに出来るのも今のうちだと、心の中で中指を立てながら、高斗は父の言う通りに頷いた。

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