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第10話 拒絶・5

青山の申し出は、とてもありがたいことだったが、千早はすぐに首を横に振った。 「いえ。お気持ちはありがたいですけど……」 「なんで? 高斗と同じだけ給料出すよ」 「やめた方が良いですよ。Ωと一緒に住むなんて……」 すると青山は立ち上がり、千早の横に腰かけた。ギシッという軋む音に少し、緊張を覚える。 昔からそうだ。すぐ近くに人が来ると恐怖を覚えてしまう。 大丈夫だったのは、高斗だけかもしれない。 「俺は誘惑されるの大歓迎だから大丈夫」 「またまた。そんなこと言って、実際見たら引くんですからそういうこと軽く言わない方がいいですよ」 「なんなら今、やってみてくれてもいいよ」 「……急にそんなこと言われても」 「じゃあ、手伝おうか」 え? と、聞き返す間もなく、青山の長い指先が器用に素早く、千早のシャツのボタンを外していく。 「あ、あの、ちょっと、冗談は程々に」 胸を押し返しても、青山の手が止まらないことに怖くなり、慌てて逃げようとしたが、そこを思い切り肩を掴まれて抱き寄せられる。 長年染み付いた恐怖がフラッシュバックして千早は蒼白になった。 「そんな……嫌だ、青山さん、やめて…っ」 「ごめんごめん。マジ何も酷いことしないから少しだけじっとしてて。はい、こっちの手俺の背中に回して」 「え……?」 そのときパシャっという音がして、急に肩を掴んでいた手から力が抜けた。 「?」 「うん、よし、いい感じに撮れた。角度90度回転させて寝てる風にして……おっ、お酒で酔って頬が赤い感じがマジで事後っぽい。〝千早ちゃんと楽しみました〟…送信っと」 千早ははだけたシャツもそのままに、しばらくポカンとしていたが青山が千早の隣から離れて、元の場所に座ったのを見ると、ようやく声を絞り出して聞いた。 「……誰に送ったんですか?」 「高斗。多分、あと30分ぐらいですっ飛んでくると思うよ」 「来ないですよ。なんでそんなこと……」 青山が撮った写真は、レイプという感じもなく、合意の上で行われた事後に見えた。この写真を見ても、Ωが、見境なく自分の友人を誘惑したことに怒りを覚えるだけだろう。 「あいつを後悔させるためにね」 「……?」 青山は千早のはだけたシャツのボタンを元通りに直していきながら笑って言った。 「多分、ここに来る30分の間で、高斗は死ぬほど後悔するはずだよ。それで、今度こそちゃんと千早ちゃんに向き合う決心をすると思う」 「向き合うも何も……生理的な嫌悪感ってどうにもならないじゃないですか」 ここに来るはずがないと言うと、青山は再び溜息を吐いて、笑いながら言った。 「その時はその時で、俺のとこ来なよ。さっきのは全部、本心だから」 一体、どこまでが冗談だったのかと問うよりも先に、青山が呆れたように言った。 「つーか、千早ちゃん、危なすぎ。俺が高斗の友達だから大丈夫だと思った? 甘いね。全く安全じゃない。今日はたまたま理性が勝っただけで、酔ってたらどうなってたか分からなかった。俺が隣に座った時点でぶん殴るかジュースかけるぐらいのことしないと」 心底心配そうに言う青山に、千早は彼の優しさを感じて、小さく眉を寄せて笑った。   「……いえ、やっぱり駿太さんは、高斗さんの友達ですね。……本当は今日、落ち込んでたんですけど、元気が出ました。ありがとうございます」 青山はそれを聞くと少しだけ眉を顰め、手を伸ばし、突然千早の頭をぐりぐりと撫でまわした。 「ちょっと…、何するんですか」 「正直ね、高斗はマジやめておいた方がいいんだよ。あいつは背負ってる荷物が多すぎて……君が心配だ。その点俺は成り上がりだし、実家もちょっと貧乏なぐらいで普通の家だから、なんのしがらみもない」 そこまで言って青山はハアと溜息をついた。 「……まあでも、恋は、理屈じゃないからどうしようもないんだけどね」 「恋って……」 ギクッと肩を震わせたとき、インターフォンのチャイムが鳴った。 「えっ? はやっ!」 青山が時計を見てギョッとした顔をして、その後も何度も繰り返し鳴らされるチャイムに「はいはい」と生返事をしながらモニター越しに通話ボタンを押した。 「もしもーし。早いね。忙しいんじゃなかったの? え?何? 混ざりに来た? ごめん、うそうそ。殺し屋みたいな声出すのやめて。ほんとにヤッたのか? 写真見ればわかるっしょ。千早ちゃん? いるよー。……会わせろ? 俺のこと殴らないって誓うなら鍵開けてあげるけど。……はい、今エントランス解錠した」 青山が子機を置くと、16階だというのに1分も経たずに部屋のチャイムが鳴る。 「ほら、すっ飛んできたでしょ?」 青山が苦笑しながら玄関のロックを外すと、ドアの向こうでは、走ってきたのか荒く息げた高斗が立っていた。 彼の目は完全に殺気立っており、青山はヒッと後ずさった。 「お前、よくも……っ」 高斗は青山の胸ぐらを掴み上げかけたが、奥に立ち尽くす千早に気づくと慌ててその手を下げた。

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