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2 友達から③

 翌朝、いよいよ新しく入団した騎士団員と国王の顔合わせの儀式が行われることになった。本来であればそんな儀式はせず、有事の際にいきなり国王の元に馳せ参じることになっているのだが、過去に一度、異常事態が起きたことで儀式を行うことになったらしい。  なんでも、騎士団員に成りすました暗殺者や他国の諜報機関が紛れ込んでいたとかで、国王も事前に顔を覚えておいたりと慎重に考えているとのことだ。  今回は新人とローン団長のみとなるため、俺とレオを含めた十数人が整列して騎士団の宿舎から出て歩き始める。宿舎から王宮はほとんど目と鼻の先だが、少なくとも数分は歩くことになる。  その数分間は全員が無言になるはずだと思っていたが、一番体格のいいオリバーが声を上げた。 「ああっ、駄目だ。俺、緊張でどうにかなりそう」  大柄なわりに緊張しいのオリバーは、額から既に大量の汗を流しながら弱気な顔をする。先頭に立つローンが怒り出すのではないかと皆はちらちらと視線を向けたが、ローンは意外にも黙認している。こうした反応が出ることは大方予測の範囲内だったのだろう。 「オリバー、黙るんだ。君がそんなことを言ったら私に緊張がうつる」  オリバーのすぐ後ろを歩くエイダンが眼鏡を押し上げながら小声で注意すると、オリバーはエイダンを驚きながら見た。 「え?エイダンが緊張?うっそ、あの冷静なエイダンが?」 「……」  エイダンの右頬がぴくぴく動いているのに気付かずに、オリバーは自分の前を歩いていたテラを突く。 「なあテラ、お前は緊張とは無縁だよな?何と言ってもお前の父親は」  テラの父親はローンの前に団長を勤めていた男で、無敗の男と称されるほど屈強な人物だったらしい。だが、ある日突然、表舞台から姿を消した。その理由をテラは頑なに語ろうとしない。  テラがオリバーに何事かを返そうとした時、ローンの声が響いた。 「王宮に着いたぞ。お前ら、列が乱れている。一列になれ」  指示通りにさっと列が整うのを見ると、ローンは門番に声をかけ、中に入って行く。その後に続く時には、流石に誰も言葉を発しなかった。  床は大理石が磨き上げられ、壁には歴代の国王の壁画がずらりと並び、入って来た者を監視するように目を光らせている。そして、やはり国の象徴となる赤と黄色の二色を基調とした絨毯や置物が程よく配置されていたのだが、中央付近にある人の顔ぐらいの大きさの球体が特に目を引いた。 「これは……?」  球体に惹きつけられるようにして近付こうとすると、肩を叩かれた。ローンかと思って慌てたが、振り返った先にいたのはレオだった。 「それは、昔空にあったとされる太陽を現しているんだよ」 「太陽?」 「触れてみて」  言われた通りにそっと指先で触れると、その球体はほんのり淡いオレンジに光り、指先に微かな温もりを与えてくれた。 「温かい……」  思わず頬を緩めてレオを見ると、真顔になったレオが俺の方へ手を伸ばしてこようとして。 「レオ、エレン。早くこちらに来い。国王が待っておられる」  ローンの声に従い、球体から離れて急ぎ足で向かおうとする途中、隣にいたレオを見上げると優しい笑みを向けられた。小さく息を飲み、さっと目を逸らした時、微かにレオが笑う声を聞いた気がした。  謁見の間に足を踏み入れると、玉座に座る国王と目が合おうとして、慌てて跪こうとする。 「よい。立って顔をよく見せよ」 「はっ」  国王の御前で立つことに抵抗があったが、そもそもここに来た目的を思い出し、命じられるまま真っ直ぐ前を向いた。威風堂々とした男が玉座にいて、射抜くような視線に身が引き締まる思いがした。  この方が、国王。でも、なぜだろう。少し違和感が……。  違和感の正体を確かめようと国王を見つめると、彼が思いの外年若く見えることに気が付いた。年の頃は当然自分よりも上だが、見た目から年齢を見極めることが難しい。だが、それが違和感の正体とは言えない気がした。 「そなたがエレンか」 「はい」 「良い目をしている。昔どこかで見た絵本に出た登場人物によく似ておる」 「登場人物、でございますか?」  尋ねると、国王は目を細めて柔和な笑みを浮かべながら、視線をレオの方へ滑らせる。 「はて、何というタイトルだったかな。レオ、タイトルを当ててみよ」  そんな無茶な、と思いながら俺もレオを見ると、レオはなぜかふっと笑みを浮かべながら首を傾げた。 「国王様、それは新手の口説き文句でしょうか?いけませんよ。エレンは俺が予約済みですので」 「なっ……レオ!」  俺が国王の前だということを忘れて怒りかけたのだが、国王が笑い出し、ローンが咳払いしたことで口を噤む。 「面白い。ではレオ、そなたか私か、エレンを先に手に入れるのはどちらか勝負してみるか?」 「国王!?」 「ローン、冗談だ。そう睨むでない」  意外と冗談が好きな国王に皆が振り回される中、レオだけは余裕を持って笑みを浮かべていた。  その後は何事もなく、終始和やかな空気で無事に顔合わせを終えて宿舎に戻った。各々鍛錬に励んだり、食事を取ったり、手合わせをしたりして過ごす中、レオは広場の片隅にある木の下で一人読書をしていた。  それを自室の窓から見下ろしながら、ふとレオは人好きそうな性格をしている反面、エレンやローン以外の団員と話すところをまだ見ていないなと気が付く。あの性格で人見知りをするわけもないが、どこか掴めない男だと思ったところで、なぜレオのことを考えているのだと首を振った。

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