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7 消えない温もり①

 ウィリアムと共に王宮に戻った俺は、ナスターシャに言われたことを王に報告することはとてもできなかった。王に話してしまえば、ヒューネルにその気がなくとも場が設けられるはずで、少なくとも二人の仲を取り持ってほしいというナスターシャの願いは叶えられる。いとも簡単に。  ヒューネルもきっとナスターシャを。  俺は二人が仲睦まじく歩いている姿を想像し、ずきずきと疼く胸の痛みをどうすることもできずに、何度目かも分からない溜息を吐く。 「ずいぶんと疲れているようだな」 「あ、すみません。王の御前だというのに」  慌てて跪こうとしたが、王は朗らかに笑った。 「よい。騎士といえど、他国の姫君と接する機会はそうそうない。私もそなたを長くここに留まらせるわけにはいかんのだが……。ナスターシャ王女とは本当にただの世間話をしただけだったのだな?」  王の探るような目を見ていられず、僅かに視線を俯かせながら頷いた。 「はい。本当に……それだけです」 「分かった。ただ、もしナスターシャ王女がそなたにそういう話を勧めてきた場合は、すぐに私に知らせてくれ。国と国との問題にもなるからな」 「はい。それでは、失礼いたします」  本当は、あなたの息子を欲しがっておられるのですよと内心で密かに呟きながら、深々と頭を下げ、謁見の間を退出した。  王宮を出ようとした時、背後から走り寄ってくる足音を耳にする。 「エレン殿、お待ち下さい」 「ウィリアム殿……?」  息を切らしながら俺の前に立ったウィリアムが、心配そうに俺の頬に触れてくる。 「あの……、私の顔に何か?」 「顔色が悪いですよ。宿舎まで送ります」 「だ、大丈夫です。ちょっと疲れただけなので」 「いいえ、大丈夫そうには見えません。私に送らせてください」 「でも……」 「エレン殿の顔色が悪い理由は、ナスターシャ様が関係しているのでしょう?」  鋭い指摘に一瞬言葉が詰まったが、首を振って答える。 「いいえ。本当に疲れているだけです」 「エレン殿……。分かりました、そういうことにしておきましょう。ですが、送らせて下さい。これだけは譲れません」  強い眼差しを向けられ、これ以上固辞しても無駄だと感じて渋々頷くと、ほっとしたように微笑まれた。  ウィリアムは宿舎まで本当にナスターシャの件は蒸し返したりせず、他愛もない世間話をしてくれた。だが、俺はどんなにウィリアムの心遣いをありがたいと感じても、心から笑うことはできないまま宿舎の出入り口で彼と別れる。  そのまま真っ直ぐ自室に戻ろうとして、廊下を歩いていく最中に今一番会いたくて、会いたくなかった人とばったり出くわした。 「ヒューネル、様……」 「宿舎ではレオと呼んでほしい。敬称も敬語もいらない」 「あ、ごめん。分かった」  応えると、何やら険しい顔をしながらヒューネルが俺の腕を掴んだ。 「れ、レオ?」 「ウィリアムと何を話していた?」 「え?ナスターシャ様のところに同行してもらっただけで……」 「その時じゃない、今だ。宿舎に戻ってくるまでの間」 「見てたの?ただ世間話をしてただけだよ」 「……本当に?」 「ほ、本当だよ。何ならウィリアム殿に聞いてもいいよ」  ようやく僅かに険の取れた顔をして、ヒューネルは俺の腕を離して溜息を吐いた。  ヒューネルの行動は、テラが俺に対して取っていた態度に似ている。でも、あれはローンを俺に取られると思ったからで。そう思った瞬間、俺はヒューネルに詰め寄っていた。 「レオ、この間から変だよ。俺のこと興味がなくなったんじゃないの?」 「興味がなくなった……?」 「レオの時に言った言葉は全部忘れてくれって言ったくせに、なんでこんな。嫉妬、みたいな。意味がわからな……っ」  ヒューネルの手が伸びてきて、俺の目元に触れる。それで自分が泣いていることに気が付き、自棄になりながらヒューネルの腕を掴んだ。 「エレン」  戸惑ったように揺れるヒューネルの声を聞きながら、俺は存外近くにあった自室にヒューネルを引き込んだ。    

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