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12 輪廻転生③
「パパ、パパ……!違うか、ママが正しいのかなあ?まあいいや、しっかりして!」
「う、うん……?」
暗闇の中、幼い少年の声に呼ばれた気がして薄っすらと目を開いていくと、可愛らしい少年が俺を覗き込んできていた。
「き、君は……?」
「よかった、目が覚めたんだね。早くパパのところに連れて行ってあげる」
「パパ?って、ここは?」
七色のシャボン玉のようなものが飛び交う空間で、何やらシャボン玉の中には様々な生き物の赤ちゃんが見えた。
「ここは、おじいちゃんがって言っても分からないか。ケロスがママ……エレンと、パパ……ヒューネルを、再び生まれ変わらせるために入れた輪廻転生の輪の中だよ」
「輪廻転生?ってことは、俺は死んでる?てか、パパとママって……」
「ううん、まだ死んでない。でも、このままここに居続けたら、強制的に次の人生を歩まされるよ。だから、急いでこっちについて来て!」
「う、うん、分かった。君は?」
少年の後を追い、水の中を泳ぐようにして進みながら尋ねる。少年の幼いながらも男前な顔立ちは、よく知る人物を連想したが、まさかそんなはずは。
だが、俺の問いかけに、少年はあっさりと言ってのけた。
「僕はエレンとヒューネルが交わった際に、二人の力を注がれて生まれた存在。二人は基本的には人間なんだけど、ほんの少し神の力が残っていて、無意識に神産みの行動をしちゃっていたんだと思う。人間で言うなら、僕は二人の子供だね」
「え!こ、子供!?でも神様って言っても、俺たちは男同士……」
「知らないの?神様には性別なんて関係なく、子供が作れるんだよ。まあ、ケロスみたいに一人きりで作ることもできるんだけど、人間みたいに二人で作ることもできるよ。ただ、自分の力を分け与えて作るから代償もあって、あんまり与えすぎると神としての自分が消えてしまうんだけどね」
「消えてしまう……?」
「そう。それに、エレンとヒューネルは度重なる輪廻転生で、神としての力を失いつつあったし、その中で僕なんて生み出してしまえば消える可能性があった。だからケロスは二人にそうさせまいとしていたんだけど、遅かったみたいだね」
「遅かったって……じゃあ、俺たちはこのまま……」
自分たちが消えてなくなる瞬間を想像し、ぞっとしかけた時、懐かしい声が鼓膜を揺さぶった。
「エレン!」
はっと振り向けば、ヒューネルがいた。その両側には、なぜかナスターシャとウィリアムまでいる。疑問が生じたが、問い質すより先にヒューネルだ。俺は急いでヒューネルの元へ近づき、きつく抱き締め合う。
「エレン、よかった無事で」
「ヒューネル、ヒューネルっ」
蘇った記憶のせいもあるのか、今までの何倍にも増して愛しさが溢れ、涙がどっと流れ出た。そのままキスまでしそうな勢いだったが、そこをウィリアムが咳払いで遮った。
「二人とも、私たちもいることを忘れていませんか?」
「あ、そうだ。なんで二人が?」
ヒューネルにぐっと抱き寄せられたまま二人を見ると、ウィリアムとナスターシャは頷き合い、瞬く間に姿を変えた。どちらも今までの姿の名残があるものの、人とは違う空気を身にまとっていた。そして何よりも。
「その姿は……、ウィリアムは曇りの神シュンネペイアで、ナスターシャは雪の神ヒョニ?どうして……」
二人は苦笑いを浮かべながら説明しかけたのだが、それを遮ってケロスの声が響いた。
「私が説明する。だがその前に、そなたたちは一旦、こちらへ戻ってきなさい。そこの、エレンとヒューネルの息子も連れてきなさい」
「僕の方が二人を連れて行くんだけどね」
少年は声に対して舌を出し、やや生意気そうに言うと、俺とヒューネルの手を掴んで引っ張った。
「行くよ!しっかり掴まって」
「うん。う、わ……っ!」
少年に手を、ヒューネルに腰をしっかり抱かれたまま、俺たちは光の中へ導かれて行った。
「エレン、エレン!」
「う、ん……」
ヒューネルに呼びかけられながら目を開くと、なぜか俺はヒューネルに横抱きにされている。その格好のまま辺りを見渡せば、いつの間にかさっきの場にいた全員は謁見の間にいた。
「ヒューネル、俺立てる」
囁きながら降りようとするが、ヒューネルは頑として俺を降ろそうとせず、一層しっかりと抱え直した。
「そのままでよい」
はっと声の方を見れば、王が玉座に座っていた。
「この格好もわりと好きだったが、この話には向かんな。仕方ない」
溜息交じりにそう溢すと、瞬く間に王の姿が雄々しいケロスの姿に変わる。
「ケロス様。やはり、そうだったんですね」
「ああ。そなたたちを見守るため、私も幾度か転生した。だが、転生の度に力が失われていくのを感じて、今回は仮初の姿として人型を取っていた。これで最後にするつもりであったが、まさかこのようなことになろうとは」
「シュンネペイアとヒョニもあなたの指示の元で動いていたんですね?」
「ああ、そうなのだが、どうやら二人は人として生活する中で、人間の心が理解できるようになったのか、途中からは本当に……。まあ、それは今回は関係ないので横に置いておくとしよう。それより本題だ。私はそなたたち二人に、決して神を作らせるつもりはなかったというのに、そこの少年を産んでしまった」
少年を見ると、ぺこりと頭を下げながらにこにこ笑っている。
「だが、すでに産まれてしまったものは仕方あるまい」
「仕方がないって何。おじいちゃん、僕はすごいことができるってこと忘れているでしょ」
「おじ……。分かった、忘れてはおらん。その少年は二人の力から産まれた神の卵で、恐らく我らと同じように天候の力を有していて、あれかもしれないな。エレン、ヒューネル、そなたたちに命じる。ただ、これをクリアすれば、そなたたちは二度と神として存在することはできないが、構わないか?」
「神として……」
俺を抱きかかえているヒューネルを見上げると、微笑を浮かべながら頷かれた。俺もそれに頷き返して、はっきりと答えを口にする。
「俺たちは、人として当たり前に生きられたらそれでいいです。俺はヒューネルとずっと一緒にいたい。それだけが願いです」
「俺もエレンと同じです」
俺たちの答えを聞いたケロスは厳かに頷きながら、その命令を下した。
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