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14 未来永劫、あなたとともに①

 怒涛の如き展開で、俺とヒューネルが一緒にいられない問題を解決して、空にかかった虹が消えてから数週間後。リンディス国は曇天しかなかったのが嘘のように、日によって雨や晴天が当たり前のように見られるようになっていた。  俺たちの息子だという虹の神イリスが、俺たち二人の力を有することで自在に操っているのだろうが、姿が見えない今は本当のところは分からない。  俺は群青色の空にゆっくりと朝陽が昇り始めるのを眺めながら、悩ましげに溜息を零す。記憶が完全に戻ってから悪夢に悩まされることはなくなったが、代わりに目覚めてすぐにヒューネルが側にいないと落ち着かなくなったのだ。  とはいえ、王子という立場上ずっと側にいるのが難しいのは当たり前で、特に今は第二王子に王位を継がせるためにいろいろと教えることがあるらしく、ウィリアムとともに忙しく動き回っているようだ。  それは仕方ないんだけど……。  付きまとう寂しさの原因は、単に会う機会が減ったからだけではなかった。最近、ヒューネルが何か自分に隠し事をしているように感じるのだ。  気のせい、なのかな。もう二度と、離れ離れになんかなりたくないのに。  澄み渡った空に反して、心には暗雲が立ち込め始めていた。  このままではいけない。そもそも王位継承だって、俺と将来一緒にいるためではないかと自分に言い聞かせて身支度を整えたのだけれど。  朝食を食べるために食堂に行ってもヒューネルの姿はなかった。朝から何度もした溜息を繰り返していると、肩を叩かれる。  胸がドキリと鳴り、期待しながら見上げた先にはテラがいた。 「……テラか。おはよう」 「そんなあからさまにがっかりしないでくれ」 「ご、ごめん。そんな分かりやすかった?」 「ああ、かなり。ここ、座っていいか?」 「うん」  自分の顔をぺたぺた触りながら頷くと、テラは朝食の乗ったトレーを置きながら座る。見た目からは想像できないが、テラは結構食べる方で、皿の上には二人前ほどの量が乗っている。 「何か悩み事か?」 「……うん。まあ、ちょっとね」 「お前のことだから、どうせヒューネル様絡みだろ」 「……そ、うだけど……」 「あの方の何について悩んでるんだ?」 「そ、れは……」  改めて問われると、他人が聞けば大したことない問題だろうし、上手く伝えられそうもない。そこで、思い切り話題を変えた。 「俺のことより、テラはローン団長と結婚する予定だとか聞いたけど、本当なの?」 「お、俺のことはいいんだよ」  顔を真っ赤にしたテラを前に、俺は微笑ましくなる。  ルイーゼとの一件以来、ローンとしっかり話し合って和解できたのだろう。テラとローンは以前にも増して仲睦まじくなり、今や団員の中で二人の関係は周知のこととなっている。 「式には呼んでね」 「……おう」  顔を赤らめながら食べ物を口に頬張るテラをにこにこと見ていると、ローンとウィリアムが現れた。 「何の話をしているんだ?」  怪訝そうな顔をしたローンはテラの隣に座るなり、テラの頬についたドレッシングを拭うと、当たり前のように口に運んだ。 「……」  唖然としている俺をよそに、テラは一層顔を赤らめ、ウィリアムが笑い声を立てる。 「見せつけてくれますね。でも、私も気になります。二人で仲良く何を話していたんですか?テラ殿は顔を赤くしていましたし」 「ああ、それは……」 「エレン、言わなくていい」  羞恥に耐えられない様子のテラを見て、口を噤んだのだが、ウィリアムが揶揄うように言う。 「だいたい想像がつきますけど、ローンは非常に気になっているようですよ」  指摘されてローンに目を向けると、片手で食事を口に運びながら、もう片方の腕はしっかりとテラの腰に回されている。話の内容を気にしているかどうかは分からないが、相変わらずの親密さだ。ふっと羨ましいなと思ってしまって目を逸らす。  視線を感じて横を見れば、ウィリアムがじっと俺を見ていた。 「何?」 「いいえ。あなたにそんな顔をさせるなんて、ヒューネル様も罪な男ですね。いっそ私が奪って差し上げましょう」 「え?ウィリアム?ちょっ……」  言うが早いか、ウィリアムは俺の体をぐいと抱き寄せながら、強引に立ち上がらせる。 「ちょっとの間、エレンをお借りしますね」 「構わん。だが、あまりあの王子を怒らせるなよ。後始末が面倒だ」 「それはどうでしょう。彼の邪魔をするのは私の役目みたいなものですし」  呆れて溜息をつきながら、ひらひらと手を振るローンに見送られ、俺はウィリアムに半ば連行されるかたちで引っ張って行かれた。 「ウィリアム、どこに……っ」 「まあまあ、いいものが見られますから」 「……?」  いいものとは何のことなのかいくら聞いても誤魔化され続け、気がつけば王宮の一室に連れ込まれていた。 「ウィリアム、こんなところ見られたら……っ」 「誰も見ませんよ。あの方以外はね」 「え……?」  わけが分からないまま、ウィリアムに引っ張られて室内を横切ると、なぜか窓を向いた体勢で立たされた。 「そのまま、窓に手をついて、私に腰を突き出して」 「は?ちょっとウィリアム……っ!?」  身の危険を覚えて暴れようとしたが、強く腰を掴まれて固定される。服越しだが、双丘にウィリアムのそこが当たっているのを感じて息を飲む。 「んっ……」 「あれ、感じてしまいました?」 「ちがっ、びっくりしただけで……!というか、離し……」 「何もしませんよ。じっとして、そのまま窓の外を見て下さい」 「……?」  何もしないと言いながら、わざとなのか双丘にそこを擦りつけられている気がする。だが、言われた通りに無理やり意識を逸らし、窓の外へ視線を投げた。  そこには見事な庭園が広がっていて、噴水から上がる水しぶきが細かな虹をいくつも作っていた。いつもと変わらない景色ではないかと思いかけた時、庭園の中に二つの影があることに気がつく。  ヒューネルと、ナスターシャだ……。  二人は仲睦まじげに笑い合いながら庭園を回っている。  ナスターシャの正体はヒョニだということは分かったが、そういえばアルス国の庭園をここに似せている理由や、ヒューネルが好きだというのも全て嘘だったのかどうか分かっていない。記憶の中にいるヒョニは雪の神そのもので、まさに氷のような女だったが、ヒューネルと接している時の彼女にその面影はない。  まさか、ヒョニは本当に……。  嫌な考えが頭を占め始めた時、ふいにヒューネルがこちらを見た。だが、一瞬目が合った気がしたのに、ついと逸らされてしまう。 「え……」 「あらら、ヒューネル様はもうあなたに興味がなくなったんですかね」 「そ、んな……」 「では私も、遠慮する必要はありませんね」 「ウィリアム、やめっ……」  ベルトを引き抜かれ、ズボンをずり下ろされようとしているのに、言葉に反して体にろくに力が入らない。  ここで抗ったところで、どうせ。  背中を向けたヒューネルを思い、目に涙が浮かびかけた時だった。 「エレン!」  部屋の扉が勢いよく開け放たれたと同時に、ヒューネルが自分を呼ぶ声がした。 「ヒューネ……んっ!?」 「しぃっ、そのまま。ちょっと体を触るので、喘ぐふりをして下さい」 「へ?」 「いいから」  なぞの指示の後、ウィリアムの手が下腹の際どいラインを撫でてくる。 「やっ……」  指示の通りというよりも、本当に触られそうだったので声を上げる。するとそれがリアリティを出してしまったらしく、ヒューネルの焦ったような声が響いた。 「エレン!ウィリアム、お前何をしているんだ。早く離れろ!」 「ええ。もちろん離れてあげますよ。ヒューネル様がエレンを大事にすると誓っていただけるのであれば」 「そんなの誓うに決まって……」  できるだけ暗い表情でヒューネル様を見て下さいと耳打ちされたが、わざと演じるまでもなく、ヒューネルの顔を見た途端にぶわっと涙が溢れた。 「エ、エレン?どうしたの」 「っく……、ひっ……」  応えようにも、涙が後から後から流れて応えられない。そこを隣に立つウィリアムが、俺の頭を撫でて慰める。 「かわいそうに。ほら、こんなにあなたはエレンを悲しませているんですよ」 「……っ」 「さあ、ちゃんとお二人で話し合って下さい。エレンをこれ以上傷つけるようであれば、その時は遠慮なく奪いますので」  ウィリアムに礼を言おうとしたが、そのままさっさと出て行こうとする。 「ウィリア……」 「あ」  唐突にくるりと振り向いたかと思うと、ウィリアムはさらりと言い置いた。 「この部屋にはしばらく誰も寄りつかないでしょうから、ごゆっくり」 「へ?」  意味が分かっていない俺を置いて、ウィリアムはそのまま出て行く。

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