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ゆるし
朔君の手、触りたいなあ。
大きくて、温かい手。
浮いてる血管も、朔君の温かさと優しさを循環しているみたいに、優しくて落ち着く。
でも熱苦しくない、静かな手だった。
人の心に、ずけずけ踏みこんでこない、ささやかな陽の光のように、そっと差して包みこんでくるの。
気づいたら、どのくらいかよくわからないくらい、もう触ってないよね。
でも、負け惜しみじゃないけど、そんな気はしてないんだ。
窓越しでも触ってたし、朔君の目や顔、体、その手も。
ちょっと頬がこけたな。あ、笑うとやっぱり、眼尻に皺、浮かぶようになったなあ。
昔も大変な仕事をしていたのに、手の甲、思えばつやつやしてて、今は外に出てないからか陽に焼けてなくて、でも苦労を重ねた、働いている、生きることの厳しさを知っている手をしている。
でも、瞳はやっぱり、優しくきらきらしてるな。失ってないな、とか。
そういうの、見てた。全部見てた。
見てるだけでもう触ってるくらいに、満足してた。
私の中に、入ってたしもう入ってる。
私の一部。
でもそれも中々かなわなくなって、写真を傍に置いたの。
陽まりの七五三の時に撮った写真。皆んなで和装にしたやつ。
朔君は、背が高くて足も凄く長いから、スーツ姿がとても綺麗で好きだった。
でも袴姿もよく似合ってて、凛々しくてちょっと別の人みたい。でも顔はいつもみたいに優しく笑ってる、やっぱり朔君だ。
看護師さんに、え、御主人、凄く格好良いですねって、いつもびっくりされるの。
本当だから、謙遜しないで笑ってる。
朔君は、筋肉も削げたし、ただ背が高いばかりで年もとったって笑うけど、そんなことないよ。
男の人を、そういえば朔君と出会って、結婚してからあまり意識して目に入ったことがないけど、
私は朔君が、その辺歩いてる誰より、いつも格好良いなあ。
凄いなあ、こんなにいつまでも格好良く見ていられる人がいるのかって、
惚れ惚れして驚いてたんだよ。実は、こっそりとね。
拘置所 に居る、時ですらそう。
あの担当の園山さんは、きりっとしてて中々格好良いね。いつも目で挨拶して笑ってくれる。
素敵です。いつもお世話になってます、って伝えておいて。
でも朔君が、 やっぱり一番格好良い。
朔君は、いつからか凄く表情が明るくなったの。
陽まりが天国に行って、重い刑を受けて、
信じられない刑を受けて、朔君も、別人みたいに怖い顔をしていた。
魂を捨てた、もうそれにも何もかもに価値がない、凄みみたいな闇い陰を背負っていた。
だけどそれが、ある時からなくなった。
柔らかくて、昔の朔君を取り戻していくみたいに。険がとれたの。
何かを表現するのが、楽しくて好きな朔君。
どうしてかなって、実はずっと思ってたの。
何となく聞かないし、わからないままだったんだけど。
きっと、なにか得がたい縁が、 あったんだろうね。
本来の朔君を、還してくれた。
千景の字は、教本の手本のように洗練されたそれに、柔らかくて彼女らしい、優雅な快活さが加わえられたものだった。
だけどそれがいつしか、少しずつ、
冬が、暗く長い夜を、耐えがたい日を連れてくることが増えるように、
鈍く、しなりを失くして、均整を崩していくように見受けられた。
朔君。 朔くん。
検閲で、手を加えられてしまうのではないかと思った。
だけどその言葉は、千景の揺るぎない筆跡で確かに、綴られたままの、息遣いの片鱗さえ感じられる、精神 の芯の徹 ったその意思のまま、
山茶花 が薄く刷られた清楚な便箋に、一筋の高潔な泉のように残されていた。
朔君、
朔君。
私 朔君のしたこと、
今までもずっと、 怒ってないよ。
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