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塀のうちの字余り 断罪の壁 | 蕚ぎん恋の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
塀のうちの字余り
断罪の壁
作者:
蕚ぎん恋
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断罪の壁
未景
(
みかげ
)
が面会に来るのは、初めてのことじゃない。 当然のように千景に伴われて来訪し、拘置所に似つかわしくない明るさを、二人揃って心ほぐす賑やかさでもたらしていた。 どうという、感情は抱いていなかった。 何という、予感も持ち併せていなかった。 ただ未景が来たと、その事実に応えて、ただ園山の後に続いて、退室した先の廊下を歩いて行く。 面会室への入り口を潜るように入り、左方の無色なアクリルの壁面に目を向ける。 中央の椅子に、腰掛けて俯けた未景の白い横顔がある。 彼女に会ったのは今年の五月だ。陽まりの命日にいつも千景と墓参をし、ここにもその報告に来てくれるのを恒例としていた。 半年前と面立ち、千景より少しだけ長い顎下までの髪は変わらない。 その栗色の髪の隙間で、静止していた横顔が、俺の入室に気づくと、ふる、と顎が微かにふるえた。 髪がよれて、上向けた顔のなかにある、昼夢でも浮かべた湖面のような瞳差しが、傾いで俺の顔を捉えた。 ——みかちゃん。 そう、胸中で発した俺の呼びかけは、何故か平淡な狭間に圧せられ、浮上してこなかった。 未景は、蝋燭のゆらぎのように腰を浮かせ、俺を見つめたまま、後方へ覚束なく退いた。 彼女の上半身から、その先までが視界に入る。 黒いノーカラーのコート。前の開きは閉ざされたようにベルトで遮られ、 その裾から覗く、礼装を想起する硬質な素材のスカート、脚を包む装衣、パンプス。 彼女の肢体がそうであるかのように、一筋の艶も生じない、溶けた黒の一色だった。 ———喪服。 音のない砂が溶けていく感触が、双腕を包みこんでいく。 すう、と明確な意識や情感も、血の辿る道筋もとうに去って、視面が翳りゆき、 ただ、前面に映る未景の面持ちを、見守った。 「さ、 朔さ……っ……」 何かを発しようとして、まるでかなわなくて、 ぶるぶるとおこりのように震える未景の瞳から、きっと熱いだろうと想える涙が奔流のようにあふれ出して、 その同じ奔流が口からも留まらないのを抑えるように、未景は溺れそうな口許を押さえた。 足許から、崩折れそうになる。 駆け寄って、彼女に手を差し伸べた。 見えない無機質な壁がただ反射を伝える。 いつだって、そうだ。 この壁を、取り払えたらと、願って、諦めて、それが当たり前になって、また口惜しくて、狂おしくて。 だけどこの壁を通してでも、良かったんだ。 その温もりと、笑顔を、彼女の輝かしい
生命
(
いのち
)
のきらめきを、確かに感じとることが出来たのだから。 もう、なのか。まだ、 駄目なのか。 探したくて、どこまでも平坦な、まさに俺に下された審判のような、全ての生を吸い尽くすその壁に、俺は掌をついた。 探していたその場所に、 未景は手を添えてくれた。 「ごめん、…………ごめん……っ」 許しを乞うて、この総ての状況が覆されたら、どんなにか良いのに。 許して欲しい。ただ、ゆるしてほしい。 彼女は、赦してくれた。 だけどそれだけじゃ、足りない。 寸分も足りないから、ただ、乞う。 俺の罪を。ゆるしを。俺の過ちを。 本当は、戻って来て欲しい。 だけどそれを願える価値など、俺には毛頭ない。 何も告げることが出来ず、未景は唇を覆っていた手を板にしがみつくように付けながら、
童女
(
こども
)
のように、両の瞳から大粒のしずくを降り零しながら、声をあげてしゃくりあげた。 その掌が、透明な塀沿いにずるずるとこぼれ落ちていく。 俺は、その掌を掬い上げようと、手を、その掌に押しつけたのに、その熱は何かに引きずりこまれるように沈んでいって、 また目の前のひとを、俺はまた目の前で崩折れていくひとを救うことが出来ないのかと、 気づいたら眼球のうちから血液のように熱い流動が決壊してきて、邪魔で醜くて仕方ないのに、拭えないままに、 だのに未景は、机に肘を支えられながらも、地にその肩を伏しそうでも、透明な壁にしがみついて、俺の掌に、
掌
(
て
)
を伝ってくれた。 温かかった。
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