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単なるブロマンスと思ってたから
園山が視ている先は、もうその彼方の地なのかと、彼の澱みのない表情 をその色を追うように見つめる。
「……福岡の拘置所に着任することになってな。引継ぎが立て込んでて、見送り にも直ぐ来られなかった。
明日、というか今日の夜には、東京 を発つ」
「福岡に……。ああ、ご実家の近くに……」
「うん。俺の出身は宮崎だが、九州の統括は福岡 でな。いづれ呼ばれるとは思っていたが、そこの看守長と入れ替えで、矯正副長を拝命することになった」
「凄いですね、おめでとうございます……。もう、現場には出ないんじゃないですか? ……福岡はお一人でですか。ご家族はこちらに……」
「娘が通学中だからな。……絶賛第二次反抗期でね。もう生の声はいつ聞いたかわからないまま、また数ヶ月は経ちそうだな」
希望を紡ぐと書く、つい先日陽まりと同じくらいになったなと思っていた園山のお嬢さんの紡希 ちゃんは、いつの間にか手厳しい女子高生になっていた。
「奥寺 先生は残留ですか。……寂しがるでしょうね」
廣 さんが臥せるようになった頃だろうか。園山の直下に入所しまだ十代かと思えた紅顔の奥寺看守の、日頃の園山への敬愛ぶりは受刑者 側から見てもだだ漏れていて、同情を捨ておけず思わず付け加える。
あいつこそそもそも先生と呼ばれる器じゃない、と園山は口早に一蹴し、
はあ、と通った鼻筋を見せてついた溜め息は、父親の憂いかと思いきや、もう鉄壁の看守長の横顔を覗かせていた。
「……福岡も、癖の強い受刑者 が多そうだからなあー……」
「……どうか、身体が第一であることを忘れないで下さい。ご活躍は、望まなくとも傍にいつもついています。……園山先生の鞭撻 を、待っている受刑者は沢山いる筈です」
あと、お嬢さん以前希望先に九州の大学挙げてましたよね。それは少なからず、お父さんの影響があると思いますよ。
情を許すと判りやすいのだが、そこまでがどこか周り道をしていて難解そうなのは、きっと父娘 で共通項に違いない。
職務に関しては目を瞠る回転を見せるのに、私事 はどうも拗れているようなそれを告げてやると、園山はまた眉を上げて、大仰に首を捻っていた。
「……俺は、そこまで人間の出来た、買い被られるほどの『先生』じゃないよ」
「……」
「嫁に……、優月 にもよく言われた。収 ちゃんみたいに他人にドライな感情しか抱かない人こそ、この仕事が務まるのかもね、って」
園山の伴侶である優月さんは、元出版社勤務の敏腕の記者 で、恋人時代から二人して根っからの仕事人間、逢える時間は限られていたがそこの相性も良かったらしく、園山のひめた愛妻ぶりは当初から明白だった。
「そもそも、他人の生にまるで興味がないからな。今この場だから言うが、人による人の更生なんぞ、まず無理だと思っていた。罪を犯すのも自業自得、改心を得るかどうかの他人の人生も、特に関心はないってね。
……この仕事に真っ当な熱意など振り翳しても、早々に無意味なことはしれる。ただ受刑者 を規律と秩序の枠に嵌める、大半は案外単調な仕事だからな。
そして自己満足な『誠意』で包 もうとするなら、その"偽善"はいづれ疑いなくへし折られて、呑み込まれる。
断言するが、人の根の、変わらない奴は変わらない。救いのない奴はそれを必要としないし、それを享受できる器もはなから欠片も持たない奴は、確実に存在する」
「……」
「お前みたいに素 から酌量の余地があって、墜ちても曲がらず回帰できる資質を失わなかったのは、本当に稀な事例 だよ。
……ここにいる奴の大半は、そうじゃない。
そこは今も、思ってるよ。正直にな」
「…………」
「自慢じゃないが、あまり挫折を味わってこなかった人生でね。この仕事を選んだ理由も、徹底した閉鎖空間に、自分ではどうにも操縦しようのない他人の処遇に関与せざるを得ない環境で、自分を極限まで追い込んだら、どうなるだろうと興味があって、志望した」
「…………変わった動機ですね」
「お前と天川のことも、見目の良いBLだな、くらいにしか思ってなかったからな。あ、もっと崇高なやつ じゃないかって、優月 には訂正された」
「えっ、何ですか?」
「何でもない。……そうだから、こころを砕く『情』なんか、必要ないと思ってたんだよ。勿論受刑者 の背景や心情を汲む『配慮』はするよ。それが職務だからな。
だが、そこまでだ。そこを超えた感情に捕らわれてこっちが自滅すれば、元も子もない。だから、常に線を引いて、お前達の世界はあくまでもお前達の世界だと、監視とは、嫌な言葉だよな。それに徹するのが必定だと、思って疑わなかった」
「……」
「だけど……」
「……」
「天川の……、最期に関わることになってから、やっぱりそれが変わったな……」
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