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「莱耶の弟、どこに行く?」  背後から悪代官の低い声がしてくる。のど仏にかかる声で、目を瞑っていれば男らしい声……とも言えなくもない。 いや、女からしたら絶対に萌えるような声なんだろうが、認めたくない気持ちが同じ男してある、だけ。  恐る恐る振り返ると、びしっと高級スーツに身を包み、ばしっと見事な悪役ばりに決まっている男に俺は苦笑を送った。 「どこにも行かねえし」 「鞄を持って、どこに逃げるつもりだ?」 「どこにも逃げねえし」  俺は鞄を抱え込んだまま、膝をついて答えた。 「昨日、『俺の兄貴を殺したヤツをぶっ殺してやる』って随分と荒々しく乗り込んできた割には、今は小さくなって何をしているんだ」 「べ…別に小さくなってねえし!」 「ああ、もとから小さいのか」 「嫌味かよっ」 「事実を述べたまでだ」 「無駄にデカイヤツよりは小回りがきいていいんだよ」 「すぐに隠れられるしな」  にやっと悪代官が笑った  頭にくるなあ。自分がデカイからって、鼻にかけやがって。  俺の指摘されて嫌なところを刺激して楽しんでやがる。  ちびで悪かったな。これでも顔は良いほうなんだ。告白されたことはないが……。  良い男だと鏡を見て、自負してる。  俺は鼻を鳴らして、悪代官から顔を逸らすと鼻息を荒らして、またこそこそと前に進み始めた。 「だからどこに行く」 「どこだっていいだろ。あんたの不正を探して、暴いて…兄貴の死を解明してやんだよ」  そこらへんの抽斗をひっくり返せば、悪代官の見られたくない書類の一つや二つくらい簡単に出てくるに決まってる。  俺がそれは引っ張り出して、叩きつけてやるんだ。 「ああ。莱耶の犯人捜しか。他殺とも自殺とも言えないらしいからな。あいにくだが、ここを探っても無駄だな。ここでは仕事はしていない。探るなら、仕事場だな」 「仕事場に入らせてくれないだろうが!」 「入りたいのか?」 「入っていいのかよ」 「なら、入社試験を受けることだな。お前が受かるとは到底思えないが」 「なら、言うな!」 「威勢の良さだけは認めてやるが。なんとも無駄の多い男だな、お前は」 呆れて息を漏らした悪代官が、車椅子の車輪を押した。 「私は朝食を食べに行く。莱耶の弟、ついてこい」 「は?」 「理解できなかったのか? 朝食をいただく」 「はあ。食ってくれば?」 「お前も、だ」 「なんで?」 「お前は朝食を食べないのか?」 「ああ…」 『起きてから、何か食べないと元気なエネルギーがなくなって電池が切れるぞ?』  ふと兄貴の声が、俺の脳裏で蘇った  兄貴が死んでから、俺…朝食なんて食ってなかったなあ。  飯すらも、あんま食ってなかったかも。腹、減らなかったしな。  兄貴が死んで、バタバタしてたし…兄貴がいない食卓なんて食卓じゃない気がして。  俺は空腹を感じなくなっている腹に手を当てたまま、目頭が熱くなった。  兄貴がいなくなった……その事実だけで心が痛い。胸が痛くて、呼吸の仕方さえわからなくなりそうだ。 「電池切れか?」 「え?」  俺はぱっと顔を上げると、悪代官の顔を見た。 「朝食を食え。そのままでは元気なエネルギーが失われる」 「え?」  どうして…それを? なんでこいつが、兄貴と同じ言葉を言うんだよ。 「あんた…名前は」 「道元坂 恵(どうげんざか めぐむ)だ」 「あなたっ、もしかして社長の名前も知らないのに、会社に怒鳴り込みにきたの? 失礼にもほどがあるわ」 赤いスーツの姉ちゃんが、キーの高い声で俺に文句を言ってきた。  いいだろ、知らなくたって。兄貴の会社の上司だった…くらいはわかってたんだし。  兄貴は仕事の話、家であんましてくれなかったから。俺の話ばっかりで。  兄貴がどう生きてきたかなんて……死んだあとに見つけた日記でしか……。 「莱耶の弟、お前の名前は?」 「智紀…楠木 智紀(くすのき ともき)」 「そうか。智紀、お前は莱耶に愛されていたのだな」  道元坂が、一瞬だけで羨ましそうな表情を見せると、すぐにむすっとした顔になった。  こいつ、兄貴を知ってるのか?ただの社員としてはなく…なんか違う意味で。  は? 違う意味ってなんだよ!  友人か? 親友か? ただの知り合いとか?まさか、恋人とか言うなよ。  やめてくれよ、こいつと兄貴が?  ありえねえっつうの。

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