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新しい住処

「なーにが、『きちんと聞けよ』だよ。ふざけんな」  俺はベッドの上で、羽毛布団をばしっと蹴った。  あ、そっか。俺、今…道元坂のマンションにいんのか。  真っ暗な部屋には、外からの明かりが宝石の輝きのように見えた。夜景がきれいってこういうのを言うのだろうか?…なんて呑気に窓を見ながら、思ってしまう。  ベッドの上で大の字になった俺は、窓の形にできた黒い影を眺める。 『こんなバイトは辞めて、私んとこに来い。私の身の回りの世話をしろ。そうすれば、お前が欲しがっている莱耶の情報が、手に入るかもしれない。ま、確率は低いが…ここでバイトしているよりは、可能性はある』  寝床の確保はできたわけだ、これで……。だけどなあ、なんか納得いかねえ。意味がわかんねえよ。普通さ、殺した男の弟の面倒なんて見ねえよな?  しかも会社のためにならないかもしれない告発をしようとしていた人間の弟だぞ?それともそんな人間の弟だからこそ、恥かしめを受けさせて楽しんでいるのだろうか?  ああ、わかんねえ。それとも、道元坂は兄貴の死に関与してなかったのか? 「ああ、尻がいてぇ」  俺は横向きになると、身体を丸めた。  しつこいんだよ、あいつ。何度も何度もさぁ。 『では、朝8時に起こしますので』 『あ、わかった』 男女の会話が、ドアの向こうで聞こえてくると、ガチャっとドアノブの捻る音がした。ぱたんとドアの閉まるのが聞こえると、静かに車椅子が近づいてくるのがわかった。  少ししてベッドがぐわんと沈んだ。道元坂が、ベッドに乗ったのだろう。俺は瞼を閉じたまま、寝たふりをした。  道元坂の指が、俺の額に触れる。いや、額というよりも前髪を触っているのだろう。 「智紀、起きているんだろ。寝た振りはするな」 「…んだよ。ばれてんのかよ」  俺は目を開けると、眼前には道元坂のドアップな顔があった。 「うざっ。何だよ」  俺は道元坂を押しのけると、背を向けた。道元坂の指が俺の喉に触れた。 「ちょ…何すんだよ」 「やっぱり。腫れてる。あんな空気の悪いところにいるからだ」 「ああ?」と俺は顔だけを、道元坂に向ける  どうやら、ヤツは俺のリンパ腺の具合を見たようだ。 「まあ、ちょっとは喉が痛いな…くらいは思ってたけど。別にあんたに関係ねえだろ」 「智紀は、喉が腫れるとすぐに高熱を出すと莱耶が言っていた。明日あたり、熱が出るんじゃないのか?」 「知らねえよ…てか、なんであんたがそんなことまで知ってんだよ」 「だから言っただろ。莱耶が話していた、と」 「あんた、兄貴とどんな付き合いしてたんだよ。もしかして兄貴の恋人って、あんたか?」  俺の質問に、道元坂がふっと笑みを零した。 「莱耶はノーマルだ。私の片想いだった…というべきか」 「はあ…あんたは、ホモなのか?」 「バイだ。両方ともいける」 「はいはい、そーですか。あ?ってことは何だ? 兄貴にできなかったことを、俺で代用してるのか?」 「代用するほど、お前は莱耶に似ているか?」 「うっさいよ、おっさん」  悪かったな、出来の悪い弟でよー。兄貴は何でもできて、頭が良かったから。  本当なら、きっとそこそこの大学も出てエリート商社マンにでもなれたんだろうけどさ。唯一、兄貴ができなかったのは料理だ。それだけは出来なかった…というか、やらせなかった。  俺ができる唯一のものとして取っておきたかったから。どんなに風邪をひいた日でも、俺が料理を作った。  兄貴が『美味しい』と笑ってくれるのが、俺にはすごく嬉しくて幸せなときだった。 「莱耶はいつもお前の話しばかりしていた。そうか。あいつには、付き合っている女がいたのか」  道元坂が、寂しそうに微笑んだように見えた。 「知らなかったの…か?」 「ああ。何も言ってくれなかった。聞きたくもない弟の話ばかり聞かされてた」  そりゃあ、わるーござーましたねえ。こんな弟で!  俺はふんっと鼻を鳴らすと、身震いをした。 「どうした?」 「あ…いや。あんたの言うとおり、俺…熱が出るかも。寒気がしてきた」 ベッドに横になっている俺に、道元坂が羽毛布団を肩までかけてくれた。 「明日はゆっくり休め。金が必要なら、私が用立てる」 「欲しいのは金じゃない。兄貴の死の真実だ」 「そうか。わかった」  静かに返事をした道元坂が、ポンポンと羽毛布団の上から俺の肩を優しく叩いた。
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