2 / 22

第1章-1

 ギルバートは、南棟にある書斎へと向かう。  屋敷はとても広く、部屋数は五十を超える。しかし、その殆どは使われていない。  廊下や空き部屋には、ティムが集めた骨董品が乱雑に置かれ、その殆どが埃を被っている。メイドの数が足りず、掃除が行き届いていないのだ。 (昔はもっと賑やかだったのに……)  屋敷内の静寂は、エマーソン家の衰退を表しているようで心が痛む。  エマーソン家は貿易会社『グレイト・マリィ』を運営している。先々代が起業し、先代が国内で一位、二位を争う大企業に発展させた。  この屋敷は先代が建てたものだ。  門をくぐれば一面に広々とした庭園が広がり、屋敷までたどり着くためには馬車で十分はかかる。  かつては一族が十人以上暮らし、住み込みの使用人を五十人ほど抱えていた。  大手企業の社長や政治家を招き、日夜問わずパーティが開催されていたと聞く。  しかし、いま住んでいるのは主人のティムと奥方のソフィ、次男のアルフォンスの三人のみ。  執事のギルバートとメイド長のアンは敷地内にある使用人小屋で暮らしているが、十人ほどいるメイドやコック、庭師などはみな、外からの通いである。  夕食を終えて十九時を過ぎれば、この広い敷地にはたったの五人だけとなる。  エマーソン家の不運は、先代の力が大きすぎたということだろう。  社長の座を息子のティムに譲りながらも、会長となった先代が全てを取り仕切っていた。  そして七年前、先代が九十歳で亡くなると、会社はみるみるうちに傾いていった。  ティムに会社経営の才がないと気が付いたときにはもう遅かった。  ティムは晩婚だったため、二人の息子はまだ若い。  長男のノアは現在、海外で経済学を学ぶために留学しており、来年の春には戻ってくる予定だ。  ノアが戻ってくれば、会社や屋敷の状況はいくらか変わるだろう。  しかしそうなれば、次男のアルフォンスの立場が微妙になる。  今年で二十歳になるアルフォンスは、事情があって働きに出ることができない。  ノアが戻ってくるまでにアルフォンスの見合いを決めてしまいたいが、なかなか上手くいかないのが現状だ。そのせいで、ティムは毎日のように苛ついている。  ギルバートもアルフォンスの将来を思えば、良きところに嫁いで欲しいと思う。  早くアルフォンスが安心して暮らせる場所を見つけたい。  そのためには、相手の権力は大きい方が良い。  しかしそうなると、見合いを引き受けてくれる相手は少ない。  苦労して相手を見つけても、アルフォンスが逃げ出してしまう。  その繰り返しで、なかなか縁談が決まらなかった。  書斎に着くと、ギルバートは辺りを見渡した。誰もいないことを確認してから中に入る。 (やっぱりここか……)  姿は見えないが、わずかにアルフォンスの匂いがする。  書斎の一番奥にある棚から、『エマーソン家の歴史』という本を探し、棚の奥に押し込んだ。  すると、ガチャンという音を立てて棚が少しだけ浮上する。本がスイッチになっており、からくりで棚の下に滑車が出てくる仕組みになっているのだ。  棚を横にスライドすると、地下へと続く階段が現れた。  エマーソン家の秘密の地下室だ。中は書庫になっている。  ここへの入り口を知っているのは、エマーソン家の他にギルバートだけ。  ティムとソフィは本に興味がないので、書庫に来ることはまずない。  長い階段を降りると、重厚な扉がある。普段鍵が掛かっている扉はすんなりと開いた。  書庫はとてつもなく広いが、勝手知ったる庭のようなものだ。  ずらりと並んだ本棚の脇を進んでいくと、小さなテントが見えた。ランプが灯り、中に人影が見える。 「アル。いるんだろう。出てこい」  テントの中に向かって呼びかけるが、返事はない。  このテントは、書庫の中でも読書を楽しめるようにと、先代が孫たちのために建てたものだ。中にはハンモックがかかっており、子供たちだけの秘密基地だった。  ギルバートは体が大きくなってしまったので、今はもうテントの中には入れないが、小柄なアルフォンスは、嫌なことがあるとすぐにここに隠れてしまう。  幼い頃からずっと変わっていない。  微笑ましくあり、このまま変わらないで欲しいと願ってしまう。  そんな自分を叱咤するように、あえて厳しい口調で声をかけた。 「今日は見合いだったんだろう。ティム様がかなり怒っていたぞ」  カタン、という音がして、テントの中からアルフォンスがひょっこりと顔を出した。  キラキラと金色に輝く髪。大きな碧眼は不安そうに揺らめいている。 「アル、どうした」  厳しく接するつもりだったのに、心配のあまり、つい優しい声をかけてしまう。 「ギル!」  テントの中から勢い飛び出したアルフォンスが、ギルバートの胸に抱きついた。
いいね
笑った
萌えた
切ない
エロい
尊い

ともだちとシェアしよう!