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第1章-1

(相変わらず、ここは静かな場所だ……)  殆ど手入れがされていない裏庭に足を踏み入れたギルバートはそう思った。  昔から裏庭は手入れが疎かになりがちだったが、ここ数年は特に顕著だ。  草木が生い茂り、あまり人が近寄らない。  月に一度、庭師が生け垣の伸びきった枝を切りそろえに来る程度である。  この裏庭を見る度に、エマーソン家の衰退を表しているようで心が痛む。  エマーソン家は貿易会社『グレイト・マリィ』を運営している。先々代が起業し、先代が国内で一位、二位を争う大企業に発展させた。  その先代が建てた屋敷の部屋数は五十以上ある。  門をくぐれば一面に広々とした庭園が広がり、屋敷までたどり着くためには馬車で十分はかかる。  かつては一族が十人以上暮らし、住み込みの使用人を五十人ほど抱えていた。  庭園では大手企業の社長や政治家を招き、日夜問わずパーティが開催されていたと聞く。  しかし、いま住んでいるのは主人のティムと奥方のソフィ、次男のアルフォンスの三人のみ。  執事のギルバートとメイド長のアンは敷地内にある使用人小屋で暮らしているが、十人ほどいるメイドやコック、庭師などはみな、外からの通いである。  夕食を終えて十九時を過ぎれば、この広い敷地にはたったの五人だけとなる。  エマーソン家の不運は、先代の力が大きすぎたということだろう。  社長の座を息子のティムに譲りながらも、会長となった先代が全てを取り仕切っていた。  そして七年前、九十歳で先代が亡くなると、会社はみるみるうちに傾いていった。  ティムに会社経営の才がないと気が付いたときにはもう遅かった。  ティムは晩婚だったため、二人の息子はまだ若い。  長男のノアは現在、海外で経済学を学ぶために留学しており、来年の春には戻ってくる予定だ。  ノアが戻ってくれば、会社や屋敷の状況はいくらか変わるだろう。  しかしそうなれば、次男のアルフォンスの立場が微妙になる。  今年二十になるアルフォンスは、事情があって働きに出ることができない。  ノアが戻ってくるまでにアルフォンスの見合いを決めてしまいたいが、なかなか上手くいかないのが現状だ。そのせいで、毎日のようにティムは苛ついている。  ギルバートもアルフォンスの将来を思えば、良きところに嫁いで欲しいと思う。  ――そう、彼は男でありながら嫁ぐ身の上だ。  アルフォンスの幸せを思うなら、相手の権力は大きい方が良い。しかしそうなると、見合いを引き受けてくれる相手が少ないので一筋縄ではいかない。  苦労してようやく相手を見つけても、アルフォンスが逃げ出してしまう。  その繰り返しだ。  アルフォンスが安心して暮らせる場所を早く見つけたい。ギルバートは常々そう思っているのに。  裏庭の目的地にたどり着くと、ギルバートは溜息をついた。 (やっぱりここか……)  姿は見えないが、匂いで分かる。アルフォンスはこの茂みの中に隠れている。 「アル。隠れてないで出てこい」  ギルバートが声をかけると、ガサリと乾いた音を立てて茂みが動いた。  裏庭の手入れがされていない茂み中。ここはアルフォンスの隠れ場で、ギルバートと二人だけの秘密基地でもある。  昔働いていた庭師があえて手入れをせずにいてくれた場所に、小さなテントを建てたのだ。  ギルバートは体が大きくなってしまったので、今はもうテントの中には入れないが、小柄なアルフォンスは、嫌なことがあるとすぐにここに隠れてしまう。  幼い頃からずっと変わっていない。  微笑ましくあり、このまま変わらないで欲しいと願ってしまう。  そんな自分を叱咤するように、あえて厳しい口調で声をかけた。 「今日は見合いだったんだろう。ティム様がかなり怒っていたぞ」  ガサガサと派手な音が続いた後、アルフォンスがひょっこりと顔を出した。  キラキラと金色に輝く髪には、緑色の小さな葉っぱを幾つも付けている。白くて滑らかな頬は、小枝を引っかけたのかいくつか傷を作っていた。  大きな碧眼を彷徨わせ、不安そうな表情できょろきょろと辺りを覗う。  辺りにギルバートしかいないことを認めると、ほっと安堵の表情になった。 「ギル!」  茂みの中から飛び出したアルフォンスは、ギルバートの胸に抱きついた。
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