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第21話 ワンと言うヤクザ

   忍海さんから手渡された名刺によると、忍海さんの所属は『警察庁刑事局 組織犯罪対策部 薬物銃器対策課』。  年齢は椿さんよりも五つ年上の三十二歳で、関西の生まれなのだという。  品行方正で成績も良かったため、運良く東京の大学に推薦入学が決まった忍海さんは、後ろ髪を引かれつつ関西を離れた。いずれ椿さんを呼び寄せようと思い、忍海さんは忙しい勉学の傍らアルバイトに精を出していたらしい。なのに、椿さんは施設を飛び出した挙句連絡が取れなくなり、居場所を突き止めた時にはヤクザになっていたという……。  ガラス片の飛び散った部屋のソファにうなだれながら、忍海さんはつらつらと過去を語った。窓ガラスがないので、部屋の中は夜風が吹きっさらし状態だ。けっこう寒い。ちなみに椿さんにやられた忍海さんの部下たちは、すごすごと車に引っ込んでいった。 「まぁ、過去の話は置いておこう。……椿(おまえ)に重要な話がある」 「何や」 「この数ヶ月、渋谷を中心に悪質な薬物が多く出回っているのを知っているか?」  忍海さんは上体を起こすと、クイッと眼鏡を押し上げ、向かいに座った椿さんを意味ありげに見つめた。  突然始まった物騒な話題に、僕の背筋も思わず伸びる。まさか、お祓いついでに薬物を売りさばくような仕事をしていたのか……!? とこわごわ椿さんの顔を見上げるも、その横顔は涼しいままだ。 「常用者たちの購入ルートは様々だが、調査を進めた結果、天麻会というぽっと出のチンピラ集団が元締めをしているとが分かった。お前も良く知る名前だろ」 「……そうやな」 「奴らの本拠地は大阪だ。そして大阪にはお前のいる鳳雅会がある。鳳雅会において、クスリはご法度。……なのに、このザマはなんだ。お前らのシマでバカなチンピラどもが好き勝手やっているのに、椿は一体何をやっているのかと、お前の私生活についても調べさせたのさ」  そこまで話をしたあと、忍海さんは胸ポケットからタバコを取り出し、口に咥えて火をつける。白煙を吐きつつ、椿さんにも『吸うか?』というジェスチャーをして見せたが、椿さんは首を横に振った。 「そうしたら、この非常時にも関わらず、頻繁に白水神社という小さな神社に出入りしているときた。しかもこんな田舎臭いガキ…………もとい、堅気の男子高校生に入れあげているだと? 理由を知りたくなるこっちの事情も分かるだろ」 「……まぁ、それもそうやな」  ――そっか……椿さん、色々と大変な時期だったんだ。そういえば、最初に祠壊しちゃった時も、『抗争』って言ってた。あんまり深く考えたことなかったけど、ヤクザにも色々あるんだなぁ……。  最初に出会った時に聞いた話を思い出しつつ、忍海さんの細い唇から流れ出す紫煙を目で追った。すると、ついつい目に入ってしまうのが、忍海さんの背後に群れている悪霊たちの存在だ。この人もまた、色々と複雑なしがらみの中で生きるひとなのかもしれない。  そしてそれ以上に心配なのは、忍海さんに憑いている悪霊たちが、明らかに椿さんを見て色めきだっていること……。  幸い、僕と離れていたこの一週間で新たな怨霊を()りつかせることはなかったようだが、今まさに、椿さんは狙われている……。  ひゅ、ひゅっと椿さんの頭上を飛び交い始めた悪霊たちをどうすべきかと考えあぐねている間も、二人の話は進んでいる。椿さんは、自分自身が憑かれやすい体質だということはあくまでも隠し通すつもりらしい。 「組のためにご祈祷を受けに、だと? わざわざあんな田舎くんだりまでか?」 「そーやねんそーやねん。ボヤとかカチコミとか色々あってな〜。それにほら、オヤジも体調崩してるし」 「ふむ……だが、関西にいくらでも有名な神社があるだろう。なんでわざわざ」 「ネ……ネットの評判が良かってん。うん、そう、ネットの評判」 「ネットだぁ?」  適当なことを言って話をはぐらかそうとしている椿さんだが、……あ、やばい、一体椿さんにくっついちゃった! 薬物の売人をやっていた男の怨霊らしく、『おれはわるくない……うれっていわれたからうっただけなのにぃ……くっそぉぉ……』と、椿さんの耳元で恨み言を言い始めている。  すると、スッと椿さんの顔から表情が消えた。その感覚に覚えがあるのだろう。青くなりながらきょろきょろと辺りを見回し、「……な、何やろ。急に寒気と頭痛が……」と不調を訴え始めている。……霊障だ。  ――うーん、すぐにこの二人を引き離して、簡易的にでもお祓いをしたほうがいい。……うーん、でも、椿さんはそういうの隠したいみたいだし……。 「仮病を使ってさっさと逃げようったってそうはいかないぞ。どうしてこの子なんだ。椿お前、弱みでも握られているんじゃないだろうな。となると話も変わってくるが」 「弱みぃ? んなわけないやろ」 「ハッ……まさか、このガキに騙されて、ハメ撮り画像とか……!? 『未成年に手を出すヤクザなんて、世間に知られたら激ヤバでしょww』とかなんとか脅されてるんじゃないだろうな!? 大人しそうな顔してこのマセガキ……」 「そんなんちゃうわ。それにまだハメてへんし」 「……ちょ、生々しいこと言わないでくださいよ!!」  と、そんなことを言っている間にも、ふよふよと悪霊たちが椿さんに寄ってくる。試しにサッと手を払ってみると、一瞬ひょいと逃げるそぶりをするものの、よほど椿さんのそばが居心地良いのか、すぐさままた戻ってくるのだ。    ――す、すごい。イタコにでも転職したら、ヤクザから足を洗えるんじゃないだろうか……。  そんなことを考えつつ、ダメ元で手を振り回していると、忍海さんがピクピクと眉を震わせ、これまで以上に不機嫌なオーラを醸し始めた。 「おい桐ヶ谷紬くん、君はさっきから何をしている」 「えっ? いや〜蚊がいるなって」 「何をバカなことを。この肌寒い中、蚊なんているわけないだろう」 「あはは〜そうですね〜〜」  ――これじゃやばい。すぐに椿さんをここから動かさないと……!! 「つ、椿さん」 「ん……? なんや」  そっと椿さんの腕に手を触れながら、僕は必死に目配せをした。『ここにいては危ない』『霊がいる』というメッセージを込めて、決死の上目遣いで危険を伝えようと。  すると、青白くなっていた椿さんの頬が、ポッとピンク色に染まる。僕はさらに、こう続けた。 「もう、帰りませんか……?」 「え?」 「ここ、すごく寒くて……。ね? 早く帰りましょう」 「っ……」  忍海さんには怨霊のことが伝わらないよう、誤解を覚悟で訴えた。すると椿さんはキリッとした目をキラキラと輝かせ、胸ポケットからスマートフォンを取り出して、「岩瀬、速攻こっちにヘリ回せ」と命じている。よかった、通じたみたい! 「待ちたまえ。話はまだ済んでいないぞ!! そうやって君は、うちの椿をたぶらかしているんだな!?」 「た、たぶらかしてなんか……」  真っ赤になって怒り出した忍海さんに言い返そうとしたその時、忍海さんに憑いてた犬霊が、フワッと忍海さんから離れた。ポメラニアンのようなまるっこいシルエットに、カッと開いた真っ赤な目がいかにもアンバランスな犬霊だけど、短い尻尾をぷるんぷるん振りながら、椿さん目掛けて駆けてくる姿はなかなかどうして愛くるしいものがある。  が……これは、これはやばいかもしれない。 「つ、椿さん! 早く行きましょう!」 「紬、まぁそう焦るな。あとでじっくり、芯からあっためたるから…………ウッ……!?」  色っぽい目つきで僕の肩を抱く椿さんの表情が、スゥ……と豹変する。二、三度ゆっくりと目を瞬いた瞳の奥に、三毛猫霊が憑いていた時と似通ったゆらぎが……。 「……くぅん」  ――ああ、やっぱり……!!  いつもは涼しげに整った両目をきゅるんと潤ませ、ソファの上におすわりをする椿さん……ああ、まただ。また取り憑かれてしまった。しかも忍海さんの目の前で……。  どうしたものかと考えあぐねているうちに、椿さんはガバッと僕に覆いかぶさり、ぺろぺろと僕の口元を舐めまわし始めた。 「よ、よ〜しよし、いいこいいこ……」 「くぅ〜ん……ハッハッハッ」 「ええと、あのね、待って、おすわり! ちょっ……や、耳とかはダメ……っ、んんぅっ」 「わんっ! ハッハッハッ」 「もう! おすわりってば!!」 「……これはなんのプレイだ? 僕は一体、何を見せつけられている」  忍海さんの生ぬるい目つきと困惑気味な声にぎょっとしつつ、僕は必死で懐いてくる椿さんを押しとどめようとした。中身はポメラニアンだが腕っ節はヤクザなので、当然僕が敵うはずはない。  ――……うう、岩瀬さん、早く迎えに来て!!!! 「アォン……くぅ〜ん」 「おい、桐ヶ谷紬くん。これは一体どういう状況だね」 「ちょ、あの、これは……アッ、だめ、まて!! まて!!」 「ワン!!」 「もう!! いい子だからお座りしてなさい!!」 「ゥゥ〜ン」  僕の必死の制止が聞いたのか、椿さんはようやくちょっとおとなしくなった。ようやく起き上がった僕の膝や腕にスリスリと頭を押し付けて、「くぅ〜ん」と甘えた声を出して擦り寄ってくる……。  すると、忍海さんがかくんと項垂れ、大仰なため息とともに絞り出すような呻き声を出した。 「…………崇高な獣のごとく美しかった椿が……まさかこんな、こんなッ……駄犬プレイだと!!?? クソっ……こんな冴えないガキに、ど田舎暮らしの貧相なガキに、情けなく弄ばれる日が来るなんて……ッ……」 「……」  なんか色々ディスられた気はするんだけど、それに反応する余裕もなく。  ぺろべろと椿さんにほっぺたを舐められながら、僕は心を無にして岩瀬さんの到着を待った。
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