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6 ナスターシャの願い①
熱が下がってから数日後、宿舎に国王の側近であるウィリアムという男が訪れた。背筋が真っ直ぐ伸びていて背が高く、凛としていて男らしい反面、微笑むと場が華やぐような柔らかさがあった。
そのせいか、特に同性に興味がないオリバーでさえしょっちゅう視線を向けては、締まりのない顔で口元を緩ませている。それを見たエイダンがイライラと小突いていたが、改める素振りはない。
先輩団員の話を聞くところによると、こうして国王の配下が近衛騎士団の様子を見に来ることはわりとあるようだが、側近が来ることはほとんどなかったらしい。俺はウィリアムを密かに観察しながら訓練をし、程よく疲れたところで木陰で涼むことにした。
ウィリアムはわざわざ一人一人の団員に声掛けをして回っているが、長話をすることはなく、大半は団員の様子を見ていた。初めは緊張していた団員も、ウィリアムの声掛けが適切だったらしく、士気を上げて一層訓練に取り組んでいく。
だが、ウィリアムとヒューネルが言葉を交わすところが見えた時、あれ、と思う。ウィリアムの視線がちらりとこちらに向いた途端、ヒューネルが険しい顔をしたからだ。
何の話をしているのかな……。
自分に関りがあることのように思えて気になっていたところで、ウィリアムがちょうど俺の方に歩み寄って来た。その背後でヒューネルがウィリアムを呼び止めかけてやめる動作をする。
「……?」
不思議に思ううちにも、ウィリアムは声が聞こえる距離に近付いてきた。
「初めまして。もう聞いていると思いますが、私は王の側近を務めるウィリアムと言います」
「は、初めまして」
丁寧に頭を下げられ、慌てて倣うように礼を返すと、ウィリアムはくすりと笑った。
「?」
「ああ、失礼。あなたのことは王から聞き及んでいましたが、話に聞くより素直そうで可愛らしい方だなと」
「かわっ……!?」
ヒューネル以外に言われたことのない台詞に動揺し、声を裏返らせてしまうと、ウィリアムはますます笑った。笑うと少年のように幼く見え、気が付けば緊張がするりと解けてしまう。
「あの、私に何かご用でも?」
「はい。デートのお誘いを」
「……はい?」
「と、言いたいところですが、今日は別の用件があるのでそちらを優先します。実は、アルス国第一王女のナスターシャ様が、あなたにぜひもう一度お会いしたいと」
「ナスターシャ様が……?」
いろいろあって忘れかけていたが、ヒューネルと共にアルス国に訪れた時、ナスターシャにこっそりと囁かれたことを思い出す。二人きりで話がしたいと言っていたが、あれはどう考えてもそういう誘いに違いない。
ちらりとウィリアムの後方にいるヒューネルを見ると、一瞬だけ視線を絡ませただけですぐに逸らされてしまう。自意識過剰かもしれないが、ヒューネルが些か不機嫌そうに見えるのはそのせいかと思ってちょっと嬉しくなった。
あれ。俺、今嬉しいとか思った?
「その顔は、エレン殿もナスターシャ様にお会いしたいということですね?」
「えっ」
「ちょっと妬けますが、仕方ありません。明日の昼にこちらに伺いますので、準備をしておいてください。今回は主役はエレン殿で、私が供として同行します」
どうやら嬉しそうな顔をしたことを勘違いされたらしいが、誤解を解こうにもどう解くべきか分からないまま、話は進んでしまい。ウィリアムは用は済んだとばかりにあっさりと王宮の方へ戻って行った。
「ど、どうしよう……」
とは思うものの、どちらにしろ他国の姫君の誘いを断れるはずもなかった。覚悟を決める他ないが、もしナスターシャに求婚を迫られでもしたら、俺はどうなってしまうのだろう。
ぐるぐると悪い方向へ頭を悩ませる中、ヒューネルがいた方向に視線を滑らせたが、いつの間にかヒューネルの姿はそこになかった。
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