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11 運命①

「エレン」 「うん」  抱擁を解かないまま、ヒューネルの呼び掛けに応える。すると、彼の指先が背骨を伝い、尾底骨を押してきた。 「あっ……」  それだけで甘い疼きが双丘の奥に生じ、内壁が物欲しげに動いてしまうのを感じた。  あの熱を、また中に感じたい……。  思うだけで口にできずにいると、ヒューネルが耳元で囁いてくる。 「君の中にまた入りたい。奥を突いて、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜて」 「んっ……」  耳の中に舌先を挿し込み、出し入れされながら囁かれたせいか、挿入されているところを想像してしまって、下肢が僅かに頭をもたげてくる。  気づかれないように身を離そうとしたのだが、ヒューネルはすぐに気づいてしまったようだ。腹部に当たっていたそこを探り当て、優しく掴む。 「やっ……」 「軽く勃起しちゃったね。可愛い」  きゅっ、きゅっ、と揉まれて身を震わせる。もっと強い刺激が欲しくて押しつけるようにしてしまったのに、ヒューネルの手は離れていった。 「あ……」 「残念そうにしてるね?でも、今はできない。毎日俺で想像して、一人でして」 「ま、毎日……?」 「そう。それで、次に会う時にどんなふうにしたかやって見せて。できるよね?」  恥ずかしくて堪らなかったけど、ヒューネルのお願いを断れるはずもなく、こくりと頷く。いい子と褒めるように頭を撫でられ、嬉しさで頬が緩む。  いつまでもこうしていたいけれど、こんな至福の時間も限られている。話さないといけないことを言うために口を開いた。 「ヒューネル」 「うん?」 「ヒューネルは宿舎に戻って来られないのかな」 「……うん、たぶんこの部屋からも出られないと思う。仮に出られたとしても、君からは離されてしまうだろうね」 「でも、王は条件さえ飲めば二人で一緒にいていいって言ってたし、それに」  王の発言を思い返して、気づいたことがあった。俺とヒューネルを引き離したがっているのかと思えば、本心ではそうしたくないようであったし、想い合うこと自体を許さないのかと思えば、そうでもなさそうで。 「王は本当は、俺とヒューネルに思い出して、問題を解決して欲しそうに見えたよ。俺たちを引き離したいわけでもなさそうだったし。矛盾があるのは、思い出すと何か支障があるからで。違うかな?」 俺の言葉を聞いて、ヒューネルは目を瞬く。 「そうだな。そうとも取れるかもしれない。そうか、だったら。……エレン」 「うん」 「今は耐えよう。そして、二人で考えるんだ。記憶を取り戻し、問題が何かを突き止めて、解決する方法を。それまではなかなか会えないかもしれないけど、いい?耐えられる?」 応える代わりに口付けし、抱き締めた。ヒューネルもきつく抱き締め返してきて、そのまますぐに時間がきた。互いの温もりを移し合うことさえ叶わないまま、ウィリアムに促されて部屋を出て行く間際に、呼び止められる。 「エレン」  振り返ると、ヒューネルが切なげに俺を見ながら約束の言葉を告げる。 「必ず、また会おう」 「うん」  愛してる、という言葉は互いに口にせず、視線だけで伝え合ううちに扉は閉まった。俺はその重たい音を背中に聞きながら、その場にずるずると座り込んでしまいそうになる自分を叱咤し、前へと歩く。 「よかったんですか?」 「……何が?」 「もっと一緒にいたいとごねるかと思っていました」 「……もちろんそうしたいのは山々だけれど、そうするのは今じゃない。俺は現状がほとんど何も分かっていないし、ちゃんと知って解決しないと、また引き離されてしまう。それじゃあ何の意味もない。俺はヒューネルと一緒にいるために、今は我慢する」 「このまましばらくこの状態が続くとしても、ですか?あなたたちは想いが強いので、二人でいる時間が長くなれば必ず思い出してしまいます。そして、王はそれを恐れているので、たとえ会う機会がまた与えられたとしても、ほんの僅かな時間しか許されないかもしれません。それも、この先ずっとそうかもしれないのです。それでも、エレンは我慢するのですか?」  ウィリアムが俺を試すような目で見る。俺はその目を見ながら、少しの間考える。  記憶を掻き消してまで引き離した王のことだ。今度は記憶だけでなく、何らかの力を使ってもっと離れ離れの状態にされてしまうこともありえる。  だが、王の発言に希望を見出し、ヒューネルと約束したのだ。今は耐えて、問題を二人で解決すると。約束がある限り、俺は二人で一緒にいる未来を諦めない。 「俺はヒューネルと、未来を信じている。二度と会えないわけではないし、約束したから」  必ず、また会おうと告げてくれた。それは、単にまた会うだけでなく、未来も一緒にいようと約束されたように感じた。  決しておかしなことを言った覚えはないのに、隣からくすりと笑う声が上がる。 「ウィリアム?」 「ああ、すみません。そうやって仲を見せつけられると、かえって邪魔したくなるなと思いまして」 「え?」  ぽかんとしてウィリアムを見上げると、ウィリアムは笑みを浮かべながら俺の耳元に唇を寄せ、囁いてくる。 「私が君を奪うって話、忘れたわけじゃないですよね?こうして二人が離れている間に、私があなたに何をしてもヒューネル様にはばれませんからね」  ぐっと抱き寄せてこようときて、俺は抗おうとするが、さっと頬に口付けられてしまう。 「ウィリアムっ」  せめて唇は奪われまいと、手の甲を口に当てる。するとウィリアムはふっと微笑んだ。 「あれ、口にしてくるかと期待しましたか?」 「ちがっ」  否定しかけたところで、腕を取られて本当に唇を奪われかけた、その時。 「ウィリアム様、こんなところにいらっしゃいましたか。陛下がお呼びです。見張りは俺が変わりますので……」  急ぎ足で近づいてきたローンは、ウィリアムに腕を取られて迫られようとしている俺を見て、ぴたりと動きを止める。そして何かを察したのか、そのままくるりと踵を返そうとした。 「団長、待って下さい。誤解です」 「誤解?エレン、何も誤解なんてことはないでしょう?」 「ウィリアムは黙って……っ」  両手を使って振り払おうにも、力負けして振り解けないでいるうちに、咳払いする音が割って入った。 「ウィリアム様、遊んでいる場合ではありませんよ。それに、エレン。お前は俺に黙って宿舎を出たな?今回はウィリアム様が一緒だからいいが、前回は街に出たとテラから聞いている」 「あっ、す、すみません。ですが、団長がいらっしゃらなかったので、許可を取っていただく術もなく……」 「ちなみに、行先はどこだ?何の用で出た」 「孤児院に。シスターに会いに行きたかったので……」  本当の事情を話せばややこしくなるため、そう答えるのがやっとだった。ローンは答えを聞くと軽く溜息をついたが、眉間の皺を深くすることはなかった。 「里帰りならばこれ以上は言わない。だが、黙って出て行った事実は変わらない。お前だけを見逃すわけにはいかないからな。宿舎の周りを50周。それで不問だ。早く行け」 「は、はい」  急ぎ足で立ち去る間際、ローンが呆れた声でウィリアムを注意する声が微かに聞こえた。

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