31 / 33

14 未来永劫、あなたと共に②

 後に残された俺とヒューネルの間に、数秒、気まずい沈黙が流れた後、ヒューネルは怖いほど真剣な顔をして俺に近づいてきた。 「わっ、えっ、ちょっと……っ!?」  思わず後ずさろうとしたところで、先ほどウィリアムにズボンを脱がされかけていたせいか、足に絡まってつんのめった。 「わっ」 「危ない」  しっかりとヒューネルに抱き留められて転ばずに済んだが、ズボンは思い切りずり落ちてしまった。ズボンを引き上げようにも、抱き締める力が強くなって動けない。 「ヒューネル……?」 「ごめん。エレンが泣いたのは俺のせいだよね。何が不安だったか、聞かせてくれる?」 「……ヒューネル、が……」 「うん」  自分の正直な気持ちを吐露しようとすると、先に涙が溢れてしまって上手く言葉を紡げなくなる。 「ゆっくりでいいよ」 「うん……ヒューネル、が……っ、離れていくような、気がっ……して」  ヒューネルがいなくなってしまうんじゃないか。その不安が一番強かった。  何か隠し事をしているんじゃないかという根拠のない不安も、一緒にいられない時間が増せば増すほど加速して。お願いだから、いなくならないでといつも言葉にできないまま叫んでいた。 「俺が離れていくって、どうして思ったの?」  問い詰めたりされず、背中を摩りながら優しく先を促されると、少しだけ不安が和らいだ。 「だって、ヒューネルは最近、俺に何か隠しているでしょう?会える時間がどんどん減っていくのは仕方ないけど、一緒にいる時も目が泳いでることが多いし。それに、箱を見つけた時も」  思い返すと、あれは空にかかった虹が消えた翌日のことだった。騎士団のヒューネルの部屋に訪れた時、ベッドの下に包装された箱を2つ見つけた。大きさは一つは手のひらに収まる正方形の物と、もう一つは体の半分程の大きさをしていおり、平べったい長方形の物だ。  俺はそれにどうしてか興味が引かれ、ベッドの下から出そうとしていると、ヒューネルが慌てて止めて隠した。人の物を勝手に探ろうとしたという罪悪感があり、その時はすぐに謝ったけれど、それ以来妙にヒューネルの態度が挙動不審気味になったのだ。  ヒューネルの部屋になぜか入れてもらえなくなったのも、会う時間が減ったのもちょうど同じタイミングだったせいか、不審感は自然と増していった。そんな時にナスターシャとのあの様子を見せられたら、不安にならない方が無理な話だと思うのは俺だけなんだろうか。  そういった思いを誤魔化さずに素直に打ち明けると、ヒューネルに溜息をつかれた。 「っ……」  呆れられたのかと思い、ヒューネルから離れようとしても一層痛いほど抱き込まれてしまう。 「そんな溜息つかないでよ。俺だって……っ、ヒューネル、離し……」 「違うんだ。今のは自分に呆れて出た溜息。エレンが不安になるのも当然だよ。俺が全部悪い。あの箱に気づかれた日に打ち明けてもよかったけど、どうしても全部準備が整ってからにしたくて。エレン、ごめんね」 「準備って、どういう……?」 「本当はサプライズにしたかったんだけどね」 「……?」  困ったように笑いながら、ヒューネルはズボンのポケットを探る。するとそこから、あの時に見た正方形の箱が出てきた。 「それ……」 「開けてみて」 「いいの?」 「もともと、それは君のために準備したんだ」 「俺のために?」 「うん、ほら」  促されるまま、手渡された箱を受け取る。中身に何も入っていないんじゃないかと疑いたくなるくらい軽い。  恐る恐るリボンを解くと、中に光沢のあるオレンジ色の箱が入っていた。それに手をかけ、そっと開いた俺は目を見開く。 「わっ……綺麗……」  思わず見惚れてしまうほど、綺麗な指輪が収まっていた。光に反射して何色にも見える。まるで虹でできているみたいだ。 「箱の色は君の瞳の色を選んだんだ。太陽みたいに明るくて、俺がずっと焦がれてやまない色。でも指輪は、やっぱりその色しかないと思った。探すのに苦労したよ。なかなかそんな色を出せる宝石がなくて。しかもそれは不思議で、外の気候によって毎日少しずつ色を変えるんだ」 「へえ、凄い……」  目を輝かせながら食い入るように指輪を眺めていると、ヒューネルがくすりと笑った。 「気に入ってくれたみたいでよかった。エレン、左手を出して」 「こう?」  手の甲を向けて差し出すと、ヒューネルがその手を取り、薬指にキスをする。 「あっ、ちょっと待って」  何をするかを悟って、ヒューネルから身を離し、ずり落ちたズボンを引き上げる。 「そのままでもよかったのに」 「よくないよ。こういうのはちゃんとしたい」  ズボンのベルトもしっかり締めてから、改めて左手を差し出すと、ヒューネルがそうだね、と言いながら表情を引き締める。 「エレン、俺は誓うよ。病める時も、健やかなる時も、未来永劫あなたとともにいると誓う。だからどうか、エレン、俺の側にいてほしい」 「もちろん。俺もヒューネルの側にいると誓うよ。どんな時も」  目尻にじわりと涙を浮かべながら誓言を口にする。  ヒューネルは俺の指に指輪をすっと嵌めると、俺の涙を指で拭いながら唇にそっとキスをしてきた。羽のように軽く、優しいキスだが、未来へと続く確かな約束が籠もったものだ。 「エレン、好きだ。愛してる。今すぐ君が欲しい」 「えっ、ちょっと待っ……」  そのまま何かのスイッチが入ったのか、俺の服を脱がしにかかってくる。俺も抱かれたい気分ではあるのだが、その前にどうしても確認したいことがあった。 「何?」 「えっと……、ナスターシャ……、ヒョニ、は……」 「ヒョニ?」 「ヒョニとヒューネルは仲良いよなあと思って」  脳裏にあの庭園のことが浮かぶが、それはどうしても口にできなかった。ヒューネルは違っても、ヒョニはそうかもしれなくて、口にしたら何かが変わってしまうような気がして。 「ヒョニか。俺にとってのヒョニは、姉みたいなものだからね。知ってると思うけど、エレンと太陽神みたいに、俺とヒョニは雨と雪で近しい関係。神様でいた時も、特に制約なく仲良くしてよかったから。それでじゃないかな」 「でも、ヒョニは……」  違うんじゃないか、と口にしようとしてやめる。たとえそうでも、俺が口にしていいことではないはずだ。 「もしそうだとしても、俺はエレンしか見ていない。エレンは、それでも心配?」  肯定も否定もできずにいると、ヒューネルは嬉しそうに目を細める。 「?」 「まさか、エレンが嫉妬してくれるとは思わなかったから、嬉しくて」 「嬉しいって……」  俺はこんなに苦しいのに、と言おうとしたら、ヒューネルが拗ねた口調で遮る。 「エレンこそ、ウィリアムと仲が良すぎるんじゃない?さっきも触られて感じてたでしょ」 「感じてなんか……」 「エレンは俺のものなんだから、もう簡単に俺以外の人に触らせたらいけないよ。いい?」 「う、うん」  俺のもの、という言葉と、独占欲丸出しなヒューネルを見て、ヒューネルがなんで喜んでいたかが分かる。口元を緩ませていると、噛みつくような口付けが降ってきた。

ともだちにシェアしよう!