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狼と兎の優しい気持ち⑥

 寛太(かんた)と一緒に昼寝をしている途中に、つい無意識に近くにあったクッションを引き寄せ、それに顔を埋めたまま腹這いになろうとした瞬間……。  正面から優しく何かに抱き抱えられて、寝返りを阻止される。  寛太だ……。  俺は咄嗟にそう思う。 「腹の中身が潰れんだろうがよ……」  その彼らしいぶっきらぼうな言い方がツボッてしまって、声を出して笑ってしまった。 「じゃあ、このまま抱っこして抑えててよ」  甘えた声を出しながら、自分から寛太にまとわりついていく。 「甘えん坊だな」  耳元で優しく囁かれれば、嬉しくてくすぐったくて、心が苦しいくらいだった。  優しい優しいキスをくれた。  数時間前から、目の前で寛太が戦っている。  自分の名前を書いては、溜め息をつき……。  気を取り直してまた名前を書いては、「クソが……」と舌打ちをする。  床にはグシャグシャに丸められた紙が散乱している。  見ていてあんまりにも面白いから、テーブルの向かい側に座ってそれを眺めていた。  彼がずっと格闘してるのは、そう……婚姻届。  出産ができるΩは、女性と同じように胎児の父親と婚姻することができる。つまり、俺は法律的に寛太の配偶者になれる。  俺がΩがでなければできなかったことだから、色々しんどいこともたくさんあったけど、Ωに生まれてこれて良かったって思えるようになっていた。  大分ポッコリしてきたお腹を、優しくさする。  俺はΩで良かった……。  昔なら絶対考えられないことだったけど。 「ダァ~!!」  ワガママ怪獣が我慢の限界を超えたようで、頭を掻きむしっているから、俺もつい腹を抱えて笑ってしまう。「バカじゃん?」って。  だって何もそんなに難しいことなんてない。名前とか住所とか、生まれてから今まで書いてきたことを書くだけだし。 「だって一生に一度しか書かない大事な紙だぜ?納得した物を仕上げてぇんだよ!」 一生に一度……。  その言葉が胸に突き刺さる。  そんだけ強い覚悟で婚姻届に向かい合っている寛太に、愛しさが込み上げてきて。  こんな下等なΩを、こんなにも愛してくれて「ありがとう」ってやっぱり思ってしまう。  寛太のとこまでハイハイして移動し、抱き締めた。  突然の俺の行動にビックリしたらしく、「うぉ!?」と小さく悲鳴をあげる。  そのまま寛太の首に手を回して、自分は床に寝転んだ。寛太が自分に覆い被さったのを見たら、誘惑したくなってしまう。  俺は意外と意地悪だから、一生懸命何かをしてるのを見てると邪魔したくなってくるんだ。 「寛太……抱いてよ」  甘く甘く囁けば、 「いいの!?」  嬉しそうに目を見開く。顔中に向日葵が咲いたみたいに。  そうだよね、最近してなかったから。 「うん、しよ?俺も……したい……」  つい欲情してしまう。絶対今、寛太が喜ぶ顔をしてるはずだ。 「お前……メチャクチャやらしいな」  寛太がニヤニヤ笑う。  ほらね……。  ねぇ、たまには恋人に戻ろうか?

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