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「ああ、私だ。社に戻る。準備をしてくれ」  ピと電子音が部屋に響くと、男は黒い髪を後ろに流すように指で梳いた。  間もなくして、俺たちがいる部屋のドアがノックとともに開かれる。真っ赤なスーツの姉ちゃんが、眼鏡のフレームを光らせて室内に入ってきた。その後に続くように、黒いワンピースに白いエプロンのメイドが、無言で入ってくる。  姉ちゃんが部屋の隅にいる俺を一瞥してから、まっすぐにベッドに向かった。 「社長、今日のお召し物です」  真っ赤なスーツの姉ちゃんが、メイドが運んできた黒色のスーツを見せた。 「ああ、それでいい」  男がそう答えると、スーツの姉ちゃんが手際よく男の服を着せて行った。  はあ? 一人で着替えねえのかよ。  服くらい自分で着ろよ、金持ち悪代官め。  俺は投げつけたズボンがベッドの上にあるのを気にしながら、ちょこちょこと横移動を始めた。  横移動に特別、意味があるわけじゃねえけど。  真正面で、でかい態度の男の着替えを見るのがちょっと嫌だった。  こんな男の着替えを見せられて、嬉しいとは誰も思わねえしな。  嫌だと思うのは、きっと俺だけじゃねえ。  悪代官だし、な。  時代劇で見る裏金のやり取りシーンを思い出しながら、コクコクと頭を振った。 「おい、莱耶の弟」  俺は「は?」と顔をあげると顔面に、ジーパンがバシッと当たった。  見事なコントールだ。  俺の頭の上には、俺が昨日の夜まで穿いていたジーパンが乗っかった。 「お前のだ」 「そのようで」  俺はぐいっとズボンの裾を引っ張った。  ちらっと赤いスーツの姉ちゃんに睨まれる。俺はにこっと笑いかけると、ぷいっと視線を逸らされてしまった。  ま、いっか。  赤いスーツの姉ちゃんとはもう会うこともねえだろうし、会っても何があるわけじゃねえしなあ。  ああ、尻が痛い。  俺は男たちに背を向けて立ち上がると、ジーパンをもそもそと穿いた。  また部屋に、ノック音がすると、今度は黒いスーツに白いワイシャツ、白手袋をつけたいかにも的な執事が入ってきた。  ひょろっと背の高いもやしのような執事が、悪代官が座る車いすを絶妙のタイミングで持ってくる。  着替えがちょうど終わった悪代官は、執事の肩を借りながら、車いすに移動した。  なんてセレブな男なんだ。  俺はこそこそと部屋の隅を這いずりまわりながら、己の鞄が放り投げられている場所まで移動した。

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