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10 想い合う二人①
「は?ウィリアム、今何て」
聞き間違いかと思って問い返した俺に、ウィリアムはにっこりと微笑みながら繰り返した。
「ですから、私と恋人になりませんか?」
「いや、意味が分からないよ。ウィリアムの気持ちは知ってるけど、俺はべつに」
「分かっています。残念ながら、エレンは私のことは好きではないですよね。ですから、本当の恋人になろうという話ではありません。恋人のふりをしませんかという提案です」
だったら紛らわしい言い方をしないでくれ、という言葉を飲み込み、首を傾げる。
「ふり?なんでそんな必要が?」
「その理由に関しては、以前も言ったように制約があって細かく説明できないんですが、少なくとも私利私欲のためではありません。あなたとヒューネル様のためです」
「俺と、ヒューネル様の……?」
「ええ。まあちょっとやり方が強引ですけど、これしかないと思います。エレンもヒューネル様も今記憶を失くしておられて、思い出す手段について正直手詰まりですよね。何かの作り話のように、頭を打って思い出す、なんて都合がいいことはありません。ですから、この方法しかないのです。それに、もう一度言いますが、あの方の目を欺くにはこれしかありません」
真っ当な理由を述べているように見えて、大事な部分は端折られている上に、めちゃくちゃな理論だ。単にウィリアムが俺と恋人になりたいだけではないかと疑いの目で見ると、相変わらず人を絆すような笑顔で、さらりと告げる。
「言っておきますが、他に方法が思いつかないのであれば、反論は受け付けません」
「なっ、ちょっとウィリアム」
「いいですか、あなたとヒューネル様のためです。さあ、行きますよ」
「ちょっ、どこに」
反論など受け付けないと宣言した通り、ウィリアムは俺の腰を抱き寄せると、強引に宿舎の外へ歩き出す。
「やっぱりライバルがいてこそ張り合いがありますし、こんな姑息な方法であなたをものにしても嬉しくないですからね」
一人ぶつぶつとそんなことを言いながら、ウィリアムは俺を引きずるようにして王宮の中へ入って行きかけて、突然ぴたりと足を止める。
「……?」
「ああ、私としたことが。あの方の目は誤魔化せないでしょうが、他の人間は誤魔化さないといけませんね。さあ、これを被って」
言うが早いか、ウィリアムはどこから出したか分からない布を、俺の頭に勢いよく被せる。
「んむっ!?」
「静かに。前が見えないでしょうから、私の腰に腕を回して」
言われるまま、渋々腕を回すと、まるで本当の恋人同士のように密着して歩く羽目になる。腕を掴むとかでもよかったのではないかと気がついた時には既に遅く、ウィリアムは俺を抱き締めるようにしながら、恐らく堂々と王宮の中に入って行った。
「ウィリアム様、その方は?」
「ああ、気にしないで下さい。私のいい人です。顔を見られるのが恥ずかしいみたいで。ほら、ヒューネル様もしばらくこんなことをしていたでしょう?」
「は、はあ。なるほど」
ウィリアムはそんな会話を、廊下で誰かとすれ違う度に繰り返す。皆怪しんでいるだろうに、ウィリアムの言葉巧みな話し方や例の笑顔に騙されたのか、深く追及することなくそれぞれの仕事に戻って行く。
そうして歩き続けて、延々と続くかに思われた廊下の先で、ようやくウィリアムがぴたりと足を止めた。
「ウィリアム……?」
「ここです。この奥に、ヒューネル様がいらっしゃいます。私が見張りに立つ番だったので、周りには誰もいません。さあ、入りますよ」
「えっ、ちょっ……」
いきなりここに来た目的を明かされ、止める間もなく、エレンを伴って部屋の中に入ってしまった。
「ウィリアム、大丈夫なの?」
「誰だ」
まだ布を被せられているせいか声の主は見えないが、朗々とした声を聞き、背筋が震えた。
「ウィリアムです。ヒューネル様にお客様をお連れしました」
「客?」
「そうです。さあ、この顔を見て下さい」
ウィリアムが俺の頭に被せていた布を取り払う。急に視界が開けて一瞬目が眩んだ。
「その人は、誰だ?」
次第に目が慣れていく中で、部屋の主の姿が見えてくる。
「ヒューネル、様……?」
ヒューネルは手首と足首に枷を嵌められたまま、俺の顔を不思議そうな目で見る。俺もたぶん似たようにぽかんとしていたはずだが、ヒューネルの灰色の瞳を目にした途端、つうっと片目から雫が伝うのを感じた。
「え、あれ。なんで」
戸惑い、涙を拭ううちにも、今度は反対の目から流れる。そんな俺の頭にそっと手を置きながら、ウィリアムがヒューネルに語りかけるように言う。
「この方はエレンです。ヒューネル様、お顔に見覚えはありませんか?」
「……」
涙で歪んだ視界の中で、ヒューネルが俺の顔を食い入るように見ていた。だが、少し考える素振りをした後、ヒューネルは首を振った。
「知らない。初めて見る顔だ」
なぜか、そう言われた瞬間にずきりと胸が痛む。唇を噛み、一層涙を溢れさせてしまうと、ヒューネルの慌てたような声が降ってきた。
「なんで泣いてるの?俺のせい?」
「……っ、分かりません。勝手に、涙が」
涙で声を詰まらせる俺に、ヒューネルが枷のついた手を伸ばそうとしてきたが、横から別の手が俺を抱き寄せた。
「ウィリアム?」
「ヒューネル様、あなたがエレンを悲しませているんです。あなたがそんなんだったら、私はエレンを自分のものにします」
「ウィ……んぅっ」
止める間もなく、ウィリアムが俺の唇に口付けてきた。
「んぅ……っ、や、ウィリ……ンっ」
幾度も啄み、舌先を口腔に潜り込ませようとしてきて、押し退けようと藻掻いたその時だった。
「やめろ!エレンから離れろ!」
「!」
強い口調でヒューネルが言い放ち、ウィリアムはようやくキスを解いた。だが、腕は俺の腰に回したままだ。
「思い出されましたか?」
「……っ、分からない。ただ、お前がエレンに触れているのを見るとイライラする」
「っ、ヒューネル様……」
きゅうっと胸が甘く締め付けられるような気がして、ヒューネルを見つめると、不満そうな顔をされた。
「……?」
「何となく、君に敬称で呼ばれると嫌な気持ちになる。ヒューネルでいい」
「は、はい」
「敬語も」
「う、うん?」
敬語を改めると、ヒューネルは満足げに頷いた。
「やれやれ。その状態なら、思い出すのも時間の問題ですね。これでようやく、私も堂々とエレンを……」
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